2014年4月12日土曜日

第五章 この出来事の終わり:その四

第五章 この出来事の終わり:その四

 スクルージは教会へ行った。それから、通りの周囲を歩いた。
そこで、あちらこちらに急いでいる人々を見た。そこにいた子供
達に感心した。また、貧しい人々の相談にのった。
 ある家のキッチンの様子が目にとまった。そこで、窓まで近づ
いた。そうした、あらゆるものがスクルージの楽しみをもたらす
ことができることに気がついた。
 スクルージは、いまだかつて、どんなに歩いても気になるもの
はなく、驚きに満ちているとは夢にも思わなかった。いたる所の
なにもかもが、彼に、とても多くの幸福を与えることができた。
 午後になって、スクルージは向きを変え、彼の甥の家に向かっ
て進んだ。

 スクルージはしばらくの間、甥の家の前を通過した。やがて意
を決して、彼は勇気を出して、出入り口のドアをノックした。
 どうにかこうにか、スクルージは勢いをつけて、ノックをした。
「あの、ご主人は、ご在宅ですか?」と、スクルージは出て来た
家政婦に言った。

「ご主人様は、お出かけです。どちら様でしょうか?」と、家政
婦は礼儀正しく聞いた。

「ご主人は、私の甥なんです。もしや船上パーティでは?」と、
スクルージは聞き返した。

「これは失礼いたしました。そうです。ご主人様は、たった今、
港に向かわれました」と、家政婦はニコリと微笑みながら言った。

 スクルージは、家政婦に港の船の場所を聞くと、お礼とクリス
マスの挨拶をして、すぐに港に向かった。

 港は広く、停泊している船も多かったが、スクルージは現在の
クリスマスの精霊と乗船した船の記憶をたどりながら、一隻の豪
華客船を探し当てた。そして彼は、出港の準備をしていた船員に
声をかけた。
「あの、この船に、エベネーザー・フレッドさんは乗船されまし
たか?」と、スクルージは聞いた。

「もちろん。この船をチャーターした方だからね。貴方も招待さ
れたのですか? もうじき出港しますよ。さあ、乗船してくださ
い」と、船員は応えた。

「いや、そうじゃないんだ。その人は私の甥でね。ちょっと、こ
こへ呼んで来てもらえないだろうか? スクルージと言えば分か
るよ」と、スクルージは申し訳なさそうに言った。

 船員は、スクルージをジロジロと見て、了解すると、船に乗り
込んで行った。
 しばらくして、スクルージの甥が船員と一緒に現れた。

「伯父さん! どうしてここが? そんなことはどうでもいい。
さあ、一緒に行きましょう」と、甥は喜びを抑えきれない声で言っ
た。

 甥は、スクルージを先に乗船させると、船員に出港するように
小声で伝えた。

 広い船室では、すでに甥の大勢の親友達が談笑していた。そこ
に、スクルージが現れたものだから、一瞬にして緊張がはしり、
寒々とした雰囲気になった。
 スクルージのことを知っている者は、突き刺すような目で彼を
見た。中には彼に借金でもあるのか、おびえて目をそらす者もい
た。しかし、彼を知らない者は、噂で聞いていた人物とは別人の
ような彼の姿に戸惑っていた。
 一人だけ大喜びの甥は、スクルージを皆に紹介した。
 スクルージは、すべての人の冷たい視線をあえて受け入れ、す
べての人に目をやった。

「皆さん、こんにちは。少しだけ私にお時間をください」と、ス
クルージは頭を下げて話し始めた。
「皆さんはもうご存知かもしれませんが、私はこのフレッドに、
クリスマスはバカバカしいと言い、彼が地獄に落ちたのを見たい
と言いました」

 この話を聞いたことがなかった者の中から、驚きの声が上がっ
た。

「伯父さん、僕は全然、気にしてませんよ」と、甥はスクルージ
を弁護するように言った。

「そうです。本当に言ってしまったのです」と、スクルージは話
を続けた。
「その言葉を撤回しても、彼にどんなに心からの謝罪をしても、
過去を取り消すことはできません。しかし、皆さん。未来はまだ
白紙です。私は、残りわずかな人生をすべて彼への心からの謝罪
に使います。そして、私はたった今から仕事、いえ、お金を集め
るという無意味な遊びから引退いたします。皆さんのような若い
人達の行く道を邪魔しません。私の財産はすべて、社会のために
役立てます。フレッド、お前には財産を残してやれない。もっと
も、お前は最初から私の財産なんか当てにはしていなかったね。
お前は、私が援助しなくても必ず成功するよ。心配はいらない」

「はい、伯父さん! ありがとうございます」と、甥は言い、ス
クルージと握手を交わした。

「皆さん、私は心から言います。神よ、クリスマスを祝福したま
え。メリークリスマス! そして、新年おめでとう!」と、スク
ルージは叫んだ。

「奇跡だ!」と、甥の親友の一人、トッパーが叫んだ。
「クリスマスの日に奇跡が起こったんだ! 我々は奇跡を目撃し
てるんだ! すごいぞ!」

 どこからともなく拍手が起こり、喝采に包まれた。

「それでは皆さん、楽しい時間を邪魔しました。失礼いたします」
と、スクルージは言って、船室を出ようとした。それを、甥が引
き止めた。

「伯父さん、僕達と一緒にパーティをしましょう。僕の夢を叶え
てください。お願いです」と、甥は祈るように言った。

「しかし、私にはここにいる資格はないよ」と、スクルージは言っ
た。

「そんなことありませんわ」と、甥の妻が言った。
「伯父様がいてくださったら、最高のパーティになりますわ」

 また、どこからともなく拍手が起こった。そして、全員にそれ
は伝染した。

「あ、ありがとう」と、スクルージは甥の妻に言って、頭を下げ
た。
「本当にありがとう。その言葉だけで私は救われたよ。皆さんに
も、ありがとうございます」

「伯父さん、それに船はもう出港してるんですよ」と、甥は言っ
た。
「ですから、パーティが終わるまでは、港には戻れませんよ。申
し訳ありませんが、しばらくここにいてください」

「そりゃ、そうしてもらわないと」と、トッパーが言って笑った。

 全員に笑いが感染した。

「それじゃ、しかたないな」と、スクルージは言った。その甥の
気づかいに、彼は胸が熱くなって、言葉をつまらせた。
「皆さん・・・、ありがとうございます。今夜は私の人生で最高
のパーティになるでしょう」

 それは慈悲だ。
 スクルージの心は震えていた。
 すぐにスクルージは皆と打ち解けた。彼は現在のクリスマスの
精霊と一度、皆と会い、よく知っていたからだ。
 まったく誰もが元気にならずにはいられなかった。
 甥の妻もちょうどスクルージと同じようなまなざしだった。
 トッパーが紹介された時、彼もそうだった。
 甥の妻の姉妹達の一人、豊満な方の妹が紹介された時、彼女も
そうだった。
 誰でも紹介された時、彼らも同じまなざしをしていた。
 最高のパーティ。
 最高のゲーム。
 最高の一体感。
 最高の幸福!