2014年4月10日木曜日

第二章 第一の精霊:その二

第二章 第一の精霊:その二

 それは不思議な得体だった。
 子供のような体で、しかも子供に似てるというよりは老人に似
てるといった方がいいかもしれない。(老人といってもただの老
人ではない)、一種の超自然的なフィルターを通して見ているよ
うで、だんだん視界から遠のいていって、子供の身長にまで縮小
された姿をしているといったような、そういう老人に似ているの
である。そして、その得体の首のまわりや背中の方に垂れ下がっ
ていた髪の毛は、年齢のせいでもあるかのように白くなっていた。
しかし、その顔には一筋のしわもなく、皮膚はみずみずしい子供
のつやを持っていた。腕は非常に長くて筋肉がたくましかった。
手も同様で、並々ならぬ握力を持っているように見えた。きわめ
て繊細に造られたその脚も足先も、腕と同じく露出していた。
 得体は純白のガウンを身に着けていた。そして、その腰の周り
には光沢のあるベルトを締めていたが、その光沢はとても美しい
ものだった。また、得体は手に生々した緑色の柊(ヒイラギ)の
一枝を持っていた。その冬らしい装いとは妙に矛盾した夏の花で、
その姿を飾っていた。しかし、その得体の身のまわりで一番不思
議なものといえば、その頭のてっぺんからまばゆい光りが噴出し
ていることだった。その光りのために暗い部屋でも細かい部分ま
ですべて見えたのである。そして、その光りを得体が、もっと鈍
くしたい時には、絶対に今はその脇の下にはさんで持っている大
きなランプシェードのような物を帽子のように使用するのだ。

 やがてスクルージが、落ち着いてその得体を見た時には、これ
ですらそれの有する最も不思議な性質とはいえなかった。という
のは、そのベルトの今ここがピカリと光ったかと思うと、次には
他の所がピカリと輝いたり、また今明るかったと思う所が次の瞬
間にはもう暗くなったりするにつれて、同じように得体の姿それ
自体も、今一本腕の化物になったかと思うと、今度は一本脚にな
り、また二十本脚になり、また頭のない二本脚になり、また胴体
のない頭だけになるというように、そのはっきりした部分が始終
揺れ動いていた。そして、それらの消えていく部分は濃い暗闇の
中に溶け込んでしまって、その中にあると、輪郭すら見えなくな
るのだ。また、それを不思議だと思っているうちに、得体は再び
元の姿になるのだ。元のようにはっきりとした姿にだ。それは霊
的なものというよりも異星人のほうがイメージしやすいかもしれ
ない。

「貴方が、あの来られると言われた精霊様でいらっしゃいますか?」
と、スクルージは聞いてみた。

「そう!」と、精霊は応えた。

 その声は静かで優しかった。
 精霊が耳元でささやいたという感じではく、かなり離れた場所
から低い声で喋っているように聞こえた。

「貴方は誰で、またどんな方でいらっしゃいますか?」と、スク
ルージは聞いた。

「私は過去のクリスマスの精霊だよ」と、精霊は応えた。

「ずっと昔の過去のですか?」と、スクルージはその小人のよう
な身長を観察しながら聞いた。

「いや、あんたの過去だよ」と、精霊は応えた。

 たとえ誰かが聞いたとしても、たぶんスクルージはその理由を
語ることが出来なかっただろう。しかし、彼はどういうものか、
その精霊に帽子を被せて見たいものだという特別な望みを抱いた。
それで、精霊が持っていた大きなランプシェードのような物を被
るように精霊に頼んだ。

「何だと!」と、精霊は叫んだ。
「あんたはもう、なれなれしくなり、せっかく私があんたらを暗
闇から開放してやっている灯火を消そうと言うのか。私が持って
いるこのキャップは多くの者の欲望で出来ている。そして、長い
年月の間、ずっと私の重荷となり、邪魔をしていたものだ。あん
たもその一人だが、いい加減にしてもらいたいね」

 スクルージは、けっして精霊を怒らせるつもりはなかった。ま
た、自分は生涯、いつ何時も、わざと精霊を侮辱したりはしない
と、恐縮して言い訳をした。それから彼は、話題を変えて、どう
いう理由でここへやって来たのか聞いてみた。

「あんたの幸せのためにだよ」と、精霊は応えた。

 スクルージは感謝の気持ちをあらわした。しかし、一夜を邪魔
されずに休息した方が、もっと幸せだったろうと考えずにはいら
れなかった。
 精霊はスクルージがそう考えているのが分かっているらしかっ
た。というのは、すぐにこう言ったからである。
「じゃ、あんたの改心のためだよ。さあいいか!」
 こう言いながら、精霊はその頑丈な片手を前に上げ、スクルー
ジの腕をそっとつかんだ。
「さあ立て! 一緒に歩くんだよ」

 天気が悪く、こんな夜中に歩くのは困難だと言い訳したり、ベッ
ドが暖かく、温度計が氷点下以下になっていると説明したり、自
分はスリッパとガウンとナイトキャップしか着けていないと訴え
たり、それに自分は今、風邪をひいていると反抗しても、それら
はスクルージを助けるのに、なんの役にも立たなかっただろう。

 スクルージをつかんだ精霊の手は、女性の手のように優しかっ
たが、その握力には抵抗できそうもなかった。
 スクルージは立ち上がった。しかし、精霊が窓の方へ歩み寄っ
たので、彼は精霊のガウンにすがりついて泣き出しそうに言った。
「私は生身の人間でございます」と、スクルージはもっともなこ
とを言った。
「ですから落ちてしまいますよ」

「そこへちょっと私の手を当てさせろ」と、精霊はスクルージの
胸に手をのせながら言った。
「こうすれば、あんたはこんなことくらいなんでもない。もっと
危険な場合にも対処できるのさ」

 こう言ったと思ったら、精霊とスクルージは壁を突き抜けて、
左右に畑の広々とした田舎道に立っていた。
 ロンドンの街はすっかり消えてなくなっていた。その痕跡すら
見当たらなかった。
 暗闇も霧もそれと共に消えてしまった。それは地上に雪の積っ
ている晴れた冷い冬の日だった。