第三章 第二の精霊:その三
柊、ヤドリギ、赤い果実、蔦、七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、
野猪肉、獣肉、豚、ソーセージ、カキ、パイ、プッディング、果
物、パンチボウル、これらすべての物が瞬く間に消えさってしまっ
た。
同じように部屋も、そこにあった暖炉も、赤々と燃え立つ炎も、
夜の時間も消えてしまって、精霊とスクルージは、クリスマスの
朝の街頭に立っていた。
街頭では(寒気が厳しかったので)人々はそれぞれ、家の前の
歩道や屋根の上から雪かきをして、雑然とした、しかし、不快で
ない活発な一種の音楽を奏でていた。
屋根の上から下の道路へバサバサと雪が落ちてきて、人工の小
さな雪崩となって散乱するのを見て、少年たちが狂喜していた。
屋根の上のなめらかな白い雪のシートと、地面の上の少し汚れ
た雪だまりとの対比で、家の正面はかなり黒く、窓ガラスは一層
黒く見えた。
地上の雪の降り積った表面は、荷馬車や荷車の重たい車輪に踏
み潰されて、深いわだちを作っていた。それは、何筋にも大通り
の分岐したところで、何百ものくい違った上をまたくい違って、
厚い黄色の泥や氷のような水の中に、跡をたどるのが困難で複雑
な深い溝になっていた。
空はどんよりして、すごく短い路地ですら、半分は黒くすすけ、
半分は鉛色に凍ったような薄汚れた霧で息が詰まりそうだった。
そして、その霧の中の重い粒子のすすのようなものは、原子のシャ
ワーとなって、あたかもイギリス中の煙突がすべて一緒に火を吸
い込み、思う存分、心の行くままにすすを吐き出してでもいるよ
うに降って来た。
この気候にも、またこの街の中にも、たいして陽気なものは一
つとしてなかった。それでいて、真夏の澄みわたった空気や照り
輝く太陽がいくらがんばって発散しようとしてもとても無駄なよ
うな晴れ晴れとした空気が外にたなびいていた。というのは、屋
根の上でどんどん雪をかき落していた人々が、屋根上のふちから
互いに呼び合ったり、時には冗談で雪玉(これは多くのたわいも
ない冗談よりも気立てのいい飛道具である)を投げ合ったり、そ
れがうまく当たったと言って、ゲラゲラと笑ったり、また当たら
なかったと言って、同じようにゲラゲラと笑ったりしながら、愉
快な喜びでいっぱいだったからだ。
鶏肉屋の店はまだ半分開いていた。
果物屋の店は今が盛りと華やかさを競って照り輝いていた。そ
こには大きな円いポット腹の栗のカゴがいくつもあって、陽気な
老紳士のチョッキのようなかっこうをしながら、店先の所にぐっ
たりともたれているのもあれば、腫れたようにふくれて通りへゴ
ロゴロ転がり出ているのもあった。それに、血色のいい茶色の顔
をして、広いベルトを締めたようなスペイン種の玉ねぎがあって、
スペインの修道士のように勢いよく肥え太り、娘が通りかかるた
びに、いたずらっぽい目つきで棚の上からそっとウィンクしたり、
吊り上げてあるヤドリギをおとなしそうに見ていた。それから、
梨やリンゴなどが派手なピラミッドのように高く盛り上げられて
いた。また、その店の軒先からは、ぶどうの房が、店主の好意で、
通りすがりの人が無料で口に水分を潤すようにと、人目につくフッ
クにぶら下げられていた。そこにはまた、茶色をした榛(はしば
み)の実がコケをつけ、山と積み上げられていた。そして、その
香りは、過去に森の中の古い小道や、枯れた落葉の中を足首まで
埋もれさせながら足を引きづり引きづり、愉快に歩き回ったこと
を思い出させていた。
果物屋の店主の前には果肉が厚く色の黒ずんだノーフオーク産
のリンゴがあって、オレンジやレモンの黄色を引き立たせたり、
その水気の多い熟した物を、早く紙袋に包んで持ち帰って、食後
にどうぞとしきりに声をかけ薦めていた。これらのよりすぐられ
た果物の間には、金魚や銀色の魚が水槽に入れて出してあったが、
そんな鈍く鈍感な生き物でも、世の中には何事が起っているとい
うことを感知しているかのように見えた。そして、一匹残らず冷
静さをなくし興奮をして自分の小さな世界をグルグルとあえぎな
がら泳いでいた。
こっちの食料品屋!
あっちの食料品屋!
おそらくこの二つの店は、ほぼシャッターを閉めているので、
いずれも閉じようとしていた。しかし、その隙間からだけでも、
にぎやかな光景がいたるところに見えている!
天井からぶら下がった天秤が、カウンターの上まで降りて来て
愉快な音を立てているかとおもえば、より糸がそれを巻いてある
軸からグルグルと活発に離れてきたり、缶が手品を使っているよ
うにカラカラと音を立ててあちらこちらに転がっていた。
紅茶とコーヒーの混じった香りが漂い、本当にうれしかったり、
干しブドウが沢山あって、しかもそれはすごく高級で、アーモン
ドがすばらしく真白で、シナモンの棒が長くてまっすぐで、その
他の香料も非常に香ばしく、砂糖漬けの果物が、とても冷静な第
三者でも一口舐めれば気が遠くなって、次第にカッカとしてくる
ように、溶かした砂糖で、固めたりまぶしたりされていた。
イチジクがジュクジュクとして熟れていた。
フランスのプラムが沢山飾られた箱の中からほどよい酸味を持っ
て顔を赤らめながらのぞいていた。
なにもかも食べるにはよく、またクリスマスの装いを凝らして
いた。
それら以上に、むしろお客が皆、この日の嬉しい期待に気が急
いで夢中になっているのである、そのため、出入り口でお互いに
ぶつかって転がったり、柳の枝製のカゴを乱暴に押しつぶしたり、
カウンターの上に買った物を忘れて帰ったり、またそれを取りに
駆け戻って来たりして、同じような間違いを何度となく上機嫌で
繰り返しているのだ。それと同時に、食料品屋の主人や店員のエ
プロンは、背中で締め着けている磨き上げた心臓型の留め金が、
行き来している人達に見てもらうためか、または光る物が好きな
カラスにでもつっついてもらうためか分からないが、彼ら自身の
心臓だとでもいうようにちらつかせ、開放的で喜々として働いて
いた。
そうした中、まもなく方々の尖塔の鐘は、教会や礼拝堂にすべ
ての善い人達を呼び集めるために鳴り響いた。
彼らは、最高の服で街中を群れながら、とても愉快そうな顔を
そろえて、ゾロゾロと集まって来た。それと同時に、あちらこち
らの横道、小道、名もない片隅から、無数の人々が自分達の夕食
をもらいに、売れ残った食材で料理をふるまうパン屋などの店々
へ向かって行った。
これらの貧しい人々の楽しそうな光景は、とても精霊の興味を
ひいたらしく、精霊は一軒のパン屋の出入り口に、スクルージを
そばに呼んで立っていた。そして、彼らが夕食を持って通るたび
に、ふたを取って、トーチからその夕食の上に香料を振りかけて
やった。
精霊の持つそのトーチは、普通のトーチではなかった。という
のは、一度か二度、夕食をもらいに来た人達がお互いに押しのけ
あってケンカを始めた時、精霊はそのトーチから彼らの頭上に二、
三滴の水を振りかけた。すると、彼らはたちまち元通りのよい機
嫌になったのだ。そして、彼らは口々に、そうだクリスマスの日
にケンカするなんて恥かしいことだと言いあった。
そうだとも!
まったく、そのとおりだ!
2014年4月11日金曜日
第三章 第二の精霊:その二
第三章 第二の精霊:その二
そこはスクルージの部屋だった。そのことについては疑う余地
がなかった。ところが、そこは驚くべき変化をしていた。
部屋には、壁にも天井にも生々した緑の葉が垂れ下がって、完
璧な森のように見えた。そして、いたる所に明るく輝く果物が、
まるで露のようにきらめいていた。
柊(ヒイラギ)やヤドリギやツタのさわやかな葉が光を照り返
して、さながら無数の小さな鏡がちりばめられているように見え
た。
スクルージが住んでいる時でも、マーレーが住んでいた時でも、
また、なん十年という過ぎ去った冬の間にも、この石と化したよ
うに忘れ去られた暖炉が、今まで経験したことのないような、そ
れはそれは盛んな火炎を煙突の中へゴウゴウと音を立てて燃え上
がらせていた。
七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、野猪肉、肉の大きな関節、仔
豚、ソーセージの長い環、ミンチパイ、プラムプッディング、カ
キの樽、赤く焼けている栗、桜色の頬のようなリンゴ、ジューシー
なオレンジ、甘くて美味しそうな梨、巨大な十二段のケーキ、泡
立っているパンチボールなどがそれぞれの美味しそうな湯気を部
屋中にあふれさせ、一種の玉座を形造るように、床の上に積み上
げられていた。そして、その頂にあるソファの上に、見るも愉快
な、陽気な巨人がゆったりとかまえて座っていた。
巨人は、その形からして豊穣の角に似ている一本の燃え立つトー
チを片手に持っていたが、スクルージがドアの後ろから覗くよう
にして入って来た時、その光を彼に振りかけようとして、高くそ
れを差し上げた。
「来なさい!」と、巨人は叫んだ。
「来なさい! そして、もっとよく私を観察すればいい、旦那!」
スクルージは、まるで他人の家に来たように、おずおずと入っ
て、この巨人の前に頭を下げた。その姿は今や以前のような強情
な彼ではなかった。だから、巨人の目は明らかに親切だったけれ
ど、巨人がそれに満足しているような好意はなかった。
「私は現在のクリスマスを盛り上げる精霊だ」と、精霊は言った。
「私をよく見るんだ」
スクルージは、恐る恐る精霊の座る高台を見上げた。
精霊は、白い毛皮で縁取った、濃い緑色の簡単なローブ、ある
いはマントのようなものを身にまとっていた。その衣装は体にふ
わりとかけてある感じがした。そして、それ以外はなにも身につ
けていない裸のようで、大きい胸板が見えていた。
精霊は、それ以外の衣装など必要ないといった野生的な雰囲気
をかもしだしていた。
衣装のすその深いひだの下から見えているその足も、やはり素
足だった。ただ、その頭には、いたるところにピカピカ光るつら
らの下がっている柊の花で作った冠があった。
精霊のこげ茶色の巻き毛は長く、そしてゆるやかに垂れていた。
ちょうどそのにこやかな顔、キラキラしている目、開いた手、元
気のよい声、くつろいだ態度、楽しげな雰囲気のように無造作だっ
た。
よく見ると、精霊の腰の周りには古風な刀の鞘をさしたベルト
を巻いていた。しかし、その鞘の中に剣はなかった。しかもその
古い鞘はサビてぼろぼろになっていた。
「旦那はこれまで私のような姿を見たことがないんだ!」と、精
霊は、驚いたように叫んだ。
「もちろん、ございません」と、スクルージはそれに応えた。
「私の一族の若い者達と一緒に歩いたことがなかったかい? 若
い者達といっても、(私はその中で一番若いんだから)この近年
に生まれた私の兄さん達のことを言っているんだが」と、精霊は
聞いた。
「そんなことがあったようには覚えてませんけど」と、スクルー
ジは応えた。
「どうも残念ながら一緒に歩いたことはなかったようでございま
す。ご兄弟が沢山いるのですか? 精霊様」
「千八百人以上はいるよ」と、精霊は応えた。
「恐ろしく沢山のご一族ですね。食べさせていくにも・・・」と、
スクルージは口の中でつぶやいた。
おもむろに精霊は立ち上がった。
「精霊様!」と、スクルージは率直に言った。
「どこへでもお気の向いた所へ連れて行って下さいませ。昨夜は、
しかたなくついて行きましたが、その体験で、私の心にしみじみ
感じることのできる教訓を学びました。今夜も、何か私に教えて
下さるのなら、どうかそれによって有益な時間にして下さいませ」
「私のローブに触ってごらん!」と、精霊は言った。
スクルージは言われたとおりにした。そして、しっかりと精霊
のローブを握った。
そこはスクルージの部屋だった。そのことについては疑う余地
がなかった。ところが、そこは驚くべき変化をしていた。
部屋には、壁にも天井にも生々した緑の葉が垂れ下がって、完
璧な森のように見えた。そして、いたる所に明るく輝く果物が、
まるで露のようにきらめいていた。
柊(ヒイラギ)やヤドリギやツタのさわやかな葉が光を照り返
して、さながら無数の小さな鏡がちりばめられているように見え
た。
スクルージが住んでいる時でも、マーレーが住んでいた時でも、
また、なん十年という過ぎ去った冬の間にも、この石と化したよ
うに忘れ去られた暖炉が、今まで経験したことのないような、そ
れはそれは盛んな火炎を煙突の中へゴウゴウと音を立てて燃え上
がらせていた。
七面鳥、ガチョウ、獲物、家禽、野猪肉、肉の大きな関節、仔
豚、ソーセージの長い環、ミンチパイ、プラムプッディング、カ
キの樽、赤く焼けている栗、桜色の頬のようなリンゴ、ジューシー
なオレンジ、甘くて美味しそうな梨、巨大な十二段のケーキ、泡
立っているパンチボールなどがそれぞれの美味しそうな湯気を部
屋中にあふれさせ、一種の玉座を形造るように、床の上に積み上
げられていた。そして、その頂にあるソファの上に、見るも愉快
な、陽気な巨人がゆったりとかまえて座っていた。
巨人は、その形からして豊穣の角に似ている一本の燃え立つトー
チを片手に持っていたが、スクルージがドアの後ろから覗くよう
にして入って来た時、その光を彼に振りかけようとして、高くそ
れを差し上げた。
「来なさい!」と、巨人は叫んだ。
「来なさい! そして、もっとよく私を観察すればいい、旦那!」
スクルージは、まるで他人の家に来たように、おずおずと入っ
て、この巨人の前に頭を下げた。その姿は今や以前のような強情
な彼ではなかった。だから、巨人の目は明らかに親切だったけれ
ど、巨人がそれに満足しているような好意はなかった。
「私は現在のクリスマスを盛り上げる精霊だ」と、精霊は言った。
「私をよく見るんだ」
スクルージは、恐る恐る精霊の座る高台を見上げた。
精霊は、白い毛皮で縁取った、濃い緑色の簡単なローブ、ある
いはマントのようなものを身にまとっていた。その衣装は体にふ
わりとかけてある感じがした。そして、それ以外はなにも身につ
けていない裸のようで、大きい胸板が見えていた。
精霊は、それ以外の衣装など必要ないといった野生的な雰囲気
をかもしだしていた。
衣装のすその深いひだの下から見えているその足も、やはり素
足だった。ただ、その頭には、いたるところにピカピカ光るつら
らの下がっている柊の花で作った冠があった。
精霊のこげ茶色の巻き毛は長く、そしてゆるやかに垂れていた。
ちょうどそのにこやかな顔、キラキラしている目、開いた手、元
気のよい声、くつろいだ態度、楽しげな雰囲気のように無造作だっ
た。
よく見ると、精霊の腰の周りには古風な刀の鞘をさしたベルト
を巻いていた。しかし、その鞘の中に剣はなかった。しかもその
古い鞘はサビてぼろぼろになっていた。
「旦那はこれまで私のような姿を見たことがないんだ!」と、精
霊は、驚いたように叫んだ。
「もちろん、ございません」と、スクルージはそれに応えた。
「私の一族の若い者達と一緒に歩いたことがなかったかい? 若
い者達といっても、(私はその中で一番若いんだから)この近年
に生まれた私の兄さん達のことを言っているんだが」と、精霊は
聞いた。
「そんなことがあったようには覚えてませんけど」と、スクルー
ジは応えた。
「どうも残念ながら一緒に歩いたことはなかったようでございま
す。ご兄弟が沢山いるのですか? 精霊様」
「千八百人以上はいるよ」と、精霊は応えた。
「恐ろしく沢山のご一族ですね。食べさせていくにも・・・」と、
スクルージは口の中でつぶやいた。
おもむろに精霊は立ち上がった。
「精霊様!」と、スクルージは率直に言った。
「どこへでもお気の向いた所へ連れて行って下さいませ。昨夜は、
しかたなくついて行きましたが、その体験で、私の心にしみじみ
感じることのできる教訓を学びました。今夜も、何か私に教えて
下さるのなら、どうかそれによって有益な時間にして下さいませ」
「私のローブに触ってごらん!」と、精霊は言った。
スクルージは言われたとおりにした。そして、しっかりと精霊
のローブを握った。
第三章 第二の精霊:その一
第三章 第二の精霊:その一
スクルージは、自分の発する怖いぐらいに大きないびきで目を
覚ました。そして彼は、ベッドから体を起こして頭を少し振り、
完全に目を覚まそうとした。というのは、もうそろそろ時を告げ
る鐘が夜の一時を打つ頃だと分かっていたからだ。
ジェイコブ・マーレーの言っていた次に来る精霊を出迎え、交
渉するには、ぎりぎりの時間に起きてしまったとスクルージは思っ
た。しかし、今度の精霊はベッドの周りのどのカーテンを引き寄
せて入って来るのだろうかと、それが気になりだすと、どうも気
味の悪い寒さを背中に感じたので、彼は自分の手でカーテンを残
らずわきへ寄せた。それからまた横になると、鋭い目をベッドの
周囲に放ちながら、じっと警戒していた。というのは、今度は彼
のほうから精霊が出現するその瞬間に、戦いを挑んでやろうと思っ
たからだ。
スクルージは、また不意打ちされないようにと、冷静さを保っ
た。
威厳を装う紳士は、常に冷静であることを自慢している。そし
て、人災から天災まで、どんなことでも覚悟しているという態度
で身構えているが、その反面、何にでもチャレンジすることで自
分の能力の優れていることを示そうとする。
なるほど、この両極端の間には、ある種の共通点があるのかも
しれない。
スクルージがそこまで思いきったことをすることはないのだが、
私は、彼が不思議な得体の、ある程度の攻撃を覚悟し、一生のう
ちで、どんなことが起きても彼を驚かすことはできないだろうと
いうことを皆さんに理解してもらいたい。
ところが、スクルージは、どんなことが起きても対処できる心
構えをしてはいたが、何も起きないことにはなすすべがなかった。
だから、時を告げる鐘が夜中の一時を打っても、何の姿も現れな
かった時、なんともいえない恐怖で体が震えた。
五分、十分、十五分と経っても、何一つ出てこない。その間、
スクルージは、ベッドの天井で、赤々と燃え立つような光を浴び
ながら横になっていた。
その光は、教会の鐘が夜中の一時を告げた時に、そのベッドの
天井から流れだしたものである。そして、それがただの光であっ
て、しかもそれが何を意味しているのか、何をどうしようとして
いるのか、さっぱり理解ができなかったので、スクルージにとっ
ては、前の夜中に来た最初の精霊の時よりも困惑していた。
スクルージが、その光だけしか変化がなかったことで安心する
より、まれにみる自然発火ですべてが燃えつきるのではないかと、
時々不安になった。しかし、最後に彼も考え出した。
それは皆さんや作家の私なら最初に考えついたことなのだが、
こういう火災が起きた時には、どういうふうに行動しなければな
らないかを知っているし、またきっとその行動を実行するだろう。
そんな冷静な行動が出来るのは、私達にさしせまった危険がなく、
その状況の中にいる当事者ではないからだ。
では話を続けよう。
スクルージもよくよく考えて、その怪しい光の出所が壁一枚隔
てた隣の部屋にあるのではないか、そして、光の射してくる方向
をたどると、どうもその隣の部屋のドアからもれているのではな
いかとの考えに達した。そこで、彼は、ベッドから起き上がり、
スリッパをはいて、隣の部屋のドアの方に恐る恐る歩み寄った。
スクルージの手が、隣の部屋のドアの鍵にかかったその瞬間、
耳慣れぬ声が彼の名前を呼んで、彼に中に入れと命じた。思わず
彼はそれに従った。
スクルージは、自分の発する怖いぐらいに大きないびきで目を
覚ました。そして彼は、ベッドから体を起こして頭を少し振り、
完全に目を覚まそうとした。というのは、もうそろそろ時を告げ
る鐘が夜の一時を打つ頃だと分かっていたからだ。
ジェイコブ・マーレーの言っていた次に来る精霊を出迎え、交
渉するには、ぎりぎりの時間に起きてしまったとスクルージは思っ
た。しかし、今度の精霊はベッドの周りのどのカーテンを引き寄
せて入って来るのだろうかと、それが気になりだすと、どうも気
味の悪い寒さを背中に感じたので、彼は自分の手でカーテンを残
らずわきへ寄せた。それからまた横になると、鋭い目をベッドの
周囲に放ちながら、じっと警戒していた。というのは、今度は彼
のほうから精霊が出現するその瞬間に、戦いを挑んでやろうと思っ
たからだ。
スクルージは、また不意打ちされないようにと、冷静さを保っ
た。
威厳を装う紳士は、常に冷静であることを自慢している。そし
て、人災から天災まで、どんなことでも覚悟しているという態度
で身構えているが、その反面、何にでもチャレンジすることで自
分の能力の優れていることを示そうとする。
なるほど、この両極端の間には、ある種の共通点があるのかも
しれない。
スクルージがそこまで思いきったことをすることはないのだが、
私は、彼が不思議な得体の、ある程度の攻撃を覚悟し、一生のう
ちで、どんなことが起きても彼を驚かすことはできないだろうと
いうことを皆さんに理解してもらいたい。
ところが、スクルージは、どんなことが起きても対処できる心
構えをしてはいたが、何も起きないことにはなすすべがなかった。
だから、時を告げる鐘が夜中の一時を打っても、何の姿も現れな
かった時、なんともいえない恐怖で体が震えた。
五分、十分、十五分と経っても、何一つ出てこない。その間、
スクルージは、ベッドの天井で、赤々と燃え立つような光を浴び
ながら横になっていた。
その光は、教会の鐘が夜中の一時を告げた時に、そのベッドの
天井から流れだしたものである。そして、それがただの光であっ
て、しかもそれが何を意味しているのか、何をどうしようとして
いるのか、さっぱり理解ができなかったので、スクルージにとっ
ては、前の夜中に来た最初の精霊の時よりも困惑していた。
スクルージが、その光だけしか変化がなかったことで安心する
より、まれにみる自然発火ですべてが燃えつきるのではないかと、
時々不安になった。しかし、最後に彼も考え出した。
それは皆さんや作家の私なら最初に考えついたことなのだが、
こういう火災が起きた時には、どういうふうに行動しなければな
らないかを知っているし、またきっとその行動を実行するだろう。
そんな冷静な行動が出来るのは、私達にさしせまった危険がなく、
その状況の中にいる当事者ではないからだ。
では話を続けよう。
スクルージもよくよく考えて、その怪しい光の出所が壁一枚隔
てた隣の部屋にあるのではないか、そして、光の射してくる方向
をたどると、どうもその隣の部屋のドアからもれているのではな
いかとの考えに達した。そこで、彼は、ベッドから起き上がり、
スリッパをはいて、隣の部屋のドアの方に恐る恐る歩み寄った。
スクルージの手が、隣の部屋のドアの鍵にかかったその瞬間、
耳慣れぬ声が彼の名前を呼んで、彼に中に入れと命じた。思わず
彼はそれに従った。
2014年4月10日木曜日
第二章 第一の精霊:その七
第二章 第一の精霊:その七
それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。
そんなに広くもなく、きれいでもないが、住心地がよさそうな
部屋だった。
冬の暖炉のそばに一人の美しい若い婦人がイスに座っていた。
婦人の向かい側に彼女の娘が同じようにイスに座っていた。そ
の娘は、スクルージも同一人物だと思ったくらいに、前の場面に
出てきたあの娘とよく似ていた。
部屋の中の物音はすごく騒々しかった。というのは、スクルー
ジの目の前には、落ち着きのない、数えきれないほど大勢の子供
達がいたからだ。
あの有名な詩、ウォーヅウォースの「弥生に書かれたる」と題
する短編詩の羊の群とは違って、四十人の子供達が一人のように
振舞うのではなく、それぞれ一人の子供が四十人のようにはしゃ
いでいるのだからたまらない。だから、その結果は信じられない
ほどのにぎやかさだった。しかし、誰もそれを気にするようには
見えない。それどころか、婦人と娘は、ニコニコ笑いながら、そ
れを見てとても喜んでいた。そして、娘は間もなくその遊びに加
わった。というよりも、たちまち若い山賊達に娘は残酷に略奪さ
れてしまった。
「これがあの娘が望んでいたことなのかい?」と、精霊が言った。
「たしかにお金では買えそうにないが、それほどの価値があるの
かね」と、精霊は首をかしげた。
「精霊様には、この価値がお分かりにならないのですか?」と、
スクルージはあきれたように言った。
「私だったら、あの彼らの一人になったとしてもその娘を奪えな
かったでしょう。私なら絶対に、あんな乱暴なことはしませんね。
本当に絶対に。もし、世界中の宝物をくれるといっても、あのき
れいに編んだ髪をむしゃくしゃにしたり、ぐんぐん引っぱったり
はしないつもりです。それに、あの貴重な小さい靴も、私は近づ
くことはせず、それを脱がさなかったでしょう。この私の気持ち
を神様も分かっていらっしゃるでしょう! 私の人生を賭けても
いい。冗談でも彼らのような大胆な若い雛っ子達がやったように
娘の腰に抱きつくなんてことは、私にはまったく出来ないことで
すよ。そんなことをすれば、私はその罰として、私の腰の周りに
腕が生えてきて根のようになり、もう手を使うことはできなくな
るでしょうね」と、彼は息も切らさずに言い放った。しかし、本
当のことを言うと、彼は娘をわが子のように思い、キスをするこ
とを我慢できそうになかったのだ。
キスをするために、娘に言葉をかけてみたかったのだ。その伏
目がちな眼差しとまつげを見つめながら。それも平然と顔色も変
えずにだ。
娘の髪の毛に触れて、ゆるく波打たせてもみたかったのだ。そ
の1インチですら値段がつけられないほど貴重な記念品になるそ
の髪の毛に触れてみたいと思っていたのだ。
スクルージは、無邪気な子供の特権を利用しながらも、大人と
して、父親のように娘に好意をよせたかったのだ。それほどの価
値があるのだと精霊に告白した。
突然、出入り口のドアを叩く音が聞えた。すると、たちまち子
供達の突進がそれに続いて起こった。
娘はニコニコ笑いながら、めちゃくちゃにされたドレスを整え
ることもできず、活気のある騒々しい群れの真中に挟まれて、やっ
と父親の出迎えに間に合うように、出入り口の方へ連れられて行っ
た。
父親は、クリスマスのおもちゃやプレゼントを背負った男性の
ポーターを連れて戻って来たのである。
次には叫び声と殺到。そして、無防備のポーターに向って一斉
に突撃が試みられた。それからイスを脚立にして、そのポーター
の体によじ登りながら、彼のポケットに手を突込んだり、茶色の
包装紙をひったくったり、襟首にしがみついて抱き着いたり、背
中をポンポンと叩いたり、愛情のあまり我を忘れて思わず彼の足
を踏んづけたりしていた。
プレゼントの包装紙が開かれるたびに、驚きと喜びの叫び声で
それが迎えられた。
赤ちゃんが人形の持っていたフライパンを口に入れようとして
いるところを取り上げたり、木製の皿にノリ付けになっていたお
もちゃの七面鳥を飲み込んだと言い、そうかもしれないと大騒ぎ
になった。 ところが、これは空騒ぎだったと分って、やれやれ
とひと安心した。
喜びと感謝と幸福につつまれた。
子供達もようやく落ち着きをとりもどし、全員が力尽きたよう
だった。
次々に子供達は、その感動を残したまま客間を出て、ゆっくり
と階段を一段ずつ上がり、やっと家の最上階までたどり着いて、
それぞれのベッドに入ると、そのまま静まりかえった。
まだ起きている娘は、暖炉のそばのイスに座った父親に甘える
ように寄り添い、その横には母親も一緒にいた。
三人の幸せそうな姿をスクルージはうらやましそうに眺めてい
た。そして、あの時、別れた娘の希望を叶え、自分にも父親と慕っ
てくれる娘ができていたとしたら、一生のやつれ果てた冬の時代
に春の季節をもたらしてくれたかも知れないと思った時、彼の瞳
は本当にぼんやりとうるんできた。
「ベル」と、父親は微笑んで母親の方へ振り向きながら言った。
「今日の午後、お前の昔馴染に出会ったよ」
「誰ですか?」と、母親は聞いた。
「当ててごらん!」と、父親はじらした。
「そんなこと当てられるものですか。ああ、あなたったら、もう、
分りましたよ」と、父親が笑った時に母親も一緒になって笑いな
がら、ひときわ高い声で言った。
「スクルージさんでしょう!」
「そう、スクルージさんだよ。私はあの人の事務所の前を通った
んだ。窓が少し開いてたからなにげなく見たら、部屋の中にロウ
ソクがともっていて、あの人が見えたんだよ。以前よりも、もっ
と裕福になっているようだった。君は私のような貧乏人と一緒に
なって後悔していないかい?」と、父親は少し意地悪に聞いた。
「後悔なんてしていませんわ。あの人と一緒になっていたら、こ
んなに幸せな家庭はできなかったでしょうね。貴方が貧乏人ですっ
て? なに不自由なく生活させていただいているのに。貴方はお
金の使い方をよくご存知なのよ。この無理のないちょうどいい生
活をするのが私の望みでしたもの」と、母親は娘をみつめて幸せ
そうに言った。
「そうだったね。そうそう、あの人と共同経営者になっている人
が病気で死にそうになっていると聞いたよ。でも、あの人は平気
そうで、一人で部屋にいたけど、本当に独りぼっちになってしま
うんじゃないかな?」と、父親は心配そうにつぶやいた。
「精霊様!」と、スクルージはかすれた声で言った。
「どうか他の所へ連れて行って下さい」
「どうしたんだね?」と、精霊は不思議そうに聞いた。
「みじめなんです。たまらなくみじめで見ていられません」と、
スクルージは前で腕組みして、寒そうに体をすくめて言った。
「これはただ昔あったものの残像にすぎないと、私からあんたに
言っておいたじゃないか」と、精霊は言った。
「これがあんたの選んだ道だろ。あんたより彼らのほうがみじめ
な生活をしているんじゃないのかい?」
「どこかへ連れて行って下さい!」と、スクルージは叫んだ。
「私にはもう見ていられません!」
スクルージは精霊の方へ振り向いた。そして、精霊の周りに、
それまで彼が出会った、色々な人たちの顔が現れては消えている
ように見えた。
精霊はなにくわぬ顔をして、じっとスクルージを見つめていた。
そして、しばらくにらみ合った。
「そろそろ時間だ。あんたがどんなに後悔したって、過去は変え
られない。だけど、過去からしか学ぶことはできないよ。過去を
良くも悪くもするのはあんた自身なんだよ」と、精霊は言って、
スクルージに近づいた。
「もう説教は沢山だ!」と、スクルージは叫んだ。
その瞬間、精霊の頭の光が高く明るく輝き始めた。その光のま
ぶしさに耐えきれなくなったスクルージは、とっさに精霊の持っ
ていた「多くの者の欲望で出来ている」とされるキャップをつか
んだ。
精霊はそれを取り戻そうとしたのだが、スクルージは自分が襲
われると思い、精霊の頭にキャップを被せた。すると、精霊はそ
の下にヘラヘラと倒れた。そして、精霊はその中に吸い込まれる
ように体がすべて収まってしまった。
スクルージは全身の力をこめてそれを押さえつけていたけれど
も、光はそのまぶしさを失うことはなく、地面に洪水のように流
れ出していた。
「私を連れ戻して下さい。そして、精霊様はどこかへ行って下さ
い! もう二度と私の所へ出ないで下さい!」と、スクルージは
目を閉じて叫び続けた。
ふと気づくと、スクルージは元いた自分の部屋の寝室に戻って
いた。彼は自分の体が疲れ果てていることを意識していた。そし
て、睡魔に抵抗して打ち勝つこともできなかった。彼は、やっと
のことでベッドにたどりつき、同時にぐっすりと寝込んでしまっ
た。
それは別の光景でもあれば別の場所でもあった。
そんなに広くもなく、きれいでもないが、住心地がよさそうな
部屋だった。
冬の暖炉のそばに一人の美しい若い婦人がイスに座っていた。
婦人の向かい側に彼女の娘が同じようにイスに座っていた。そ
の娘は、スクルージも同一人物だと思ったくらいに、前の場面に
出てきたあの娘とよく似ていた。
部屋の中の物音はすごく騒々しかった。というのは、スクルー
ジの目の前には、落ち着きのない、数えきれないほど大勢の子供
達がいたからだ。
あの有名な詩、ウォーヅウォースの「弥生に書かれたる」と題
する短編詩の羊の群とは違って、四十人の子供達が一人のように
振舞うのではなく、それぞれ一人の子供が四十人のようにはしゃ
いでいるのだからたまらない。だから、その結果は信じられない
ほどのにぎやかさだった。しかし、誰もそれを気にするようには
見えない。それどころか、婦人と娘は、ニコニコ笑いながら、そ
れを見てとても喜んでいた。そして、娘は間もなくその遊びに加
わった。というよりも、たちまち若い山賊達に娘は残酷に略奪さ
れてしまった。
「これがあの娘が望んでいたことなのかい?」と、精霊が言った。
「たしかにお金では買えそうにないが、それほどの価値があるの
かね」と、精霊は首をかしげた。
「精霊様には、この価値がお分かりにならないのですか?」と、
スクルージはあきれたように言った。
「私だったら、あの彼らの一人になったとしてもその娘を奪えな
かったでしょう。私なら絶対に、あんな乱暴なことはしませんね。
本当に絶対に。もし、世界中の宝物をくれるといっても、あのき
れいに編んだ髪をむしゃくしゃにしたり、ぐんぐん引っぱったり
はしないつもりです。それに、あの貴重な小さい靴も、私は近づ
くことはせず、それを脱がさなかったでしょう。この私の気持ち
を神様も分かっていらっしゃるでしょう! 私の人生を賭けても
いい。冗談でも彼らのような大胆な若い雛っ子達がやったように
娘の腰に抱きつくなんてことは、私にはまったく出来ないことで
すよ。そんなことをすれば、私はその罰として、私の腰の周りに
腕が生えてきて根のようになり、もう手を使うことはできなくな
るでしょうね」と、彼は息も切らさずに言い放った。しかし、本
当のことを言うと、彼は娘をわが子のように思い、キスをするこ
とを我慢できそうになかったのだ。
キスをするために、娘に言葉をかけてみたかったのだ。その伏
目がちな眼差しとまつげを見つめながら。それも平然と顔色も変
えずにだ。
娘の髪の毛に触れて、ゆるく波打たせてもみたかったのだ。そ
の1インチですら値段がつけられないほど貴重な記念品になるそ
の髪の毛に触れてみたいと思っていたのだ。
スクルージは、無邪気な子供の特権を利用しながらも、大人と
して、父親のように娘に好意をよせたかったのだ。それほどの価
値があるのだと精霊に告白した。
突然、出入り口のドアを叩く音が聞えた。すると、たちまち子
供達の突進がそれに続いて起こった。
娘はニコニコ笑いながら、めちゃくちゃにされたドレスを整え
ることもできず、活気のある騒々しい群れの真中に挟まれて、やっ
と父親の出迎えに間に合うように、出入り口の方へ連れられて行っ
た。
父親は、クリスマスのおもちゃやプレゼントを背負った男性の
ポーターを連れて戻って来たのである。
次には叫び声と殺到。そして、無防備のポーターに向って一斉
に突撃が試みられた。それからイスを脚立にして、そのポーター
の体によじ登りながら、彼のポケットに手を突込んだり、茶色の
包装紙をひったくったり、襟首にしがみついて抱き着いたり、背
中をポンポンと叩いたり、愛情のあまり我を忘れて思わず彼の足
を踏んづけたりしていた。
プレゼントの包装紙が開かれるたびに、驚きと喜びの叫び声で
それが迎えられた。
赤ちゃんが人形の持っていたフライパンを口に入れようとして
いるところを取り上げたり、木製の皿にノリ付けになっていたお
もちゃの七面鳥を飲み込んだと言い、そうかもしれないと大騒ぎ
になった。 ところが、これは空騒ぎだったと分って、やれやれ
とひと安心した。
喜びと感謝と幸福につつまれた。
子供達もようやく落ち着きをとりもどし、全員が力尽きたよう
だった。
次々に子供達は、その感動を残したまま客間を出て、ゆっくり
と階段を一段ずつ上がり、やっと家の最上階までたどり着いて、
それぞれのベッドに入ると、そのまま静まりかえった。
まだ起きている娘は、暖炉のそばのイスに座った父親に甘える
ように寄り添い、その横には母親も一緒にいた。
三人の幸せそうな姿をスクルージはうらやましそうに眺めてい
た。そして、あの時、別れた娘の希望を叶え、自分にも父親と慕っ
てくれる娘ができていたとしたら、一生のやつれ果てた冬の時代
に春の季節をもたらしてくれたかも知れないと思った時、彼の瞳
は本当にぼんやりとうるんできた。
「ベル」と、父親は微笑んで母親の方へ振り向きながら言った。
「今日の午後、お前の昔馴染に出会ったよ」
「誰ですか?」と、母親は聞いた。
「当ててごらん!」と、父親はじらした。
「そんなこと当てられるものですか。ああ、あなたったら、もう、
分りましたよ」と、父親が笑った時に母親も一緒になって笑いな
がら、ひときわ高い声で言った。
「スクルージさんでしょう!」
「そう、スクルージさんだよ。私はあの人の事務所の前を通った
んだ。窓が少し開いてたからなにげなく見たら、部屋の中にロウ
ソクがともっていて、あの人が見えたんだよ。以前よりも、もっ
と裕福になっているようだった。君は私のような貧乏人と一緒に
なって後悔していないかい?」と、父親は少し意地悪に聞いた。
「後悔なんてしていませんわ。あの人と一緒になっていたら、こ
んなに幸せな家庭はできなかったでしょうね。貴方が貧乏人ですっ
て? なに不自由なく生活させていただいているのに。貴方はお
金の使い方をよくご存知なのよ。この無理のないちょうどいい生
活をするのが私の望みでしたもの」と、母親は娘をみつめて幸せ
そうに言った。
「そうだったね。そうそう、あの人と共同経営者になっている人
が病気で死にそうになっていると聞いたよ。でも、あの人は平気
そうで、一人で部屋にいたけど、本当に独りぼっちになってしま
うんじゃないかな?」と、父親は心配そうにつぶやいた。
「精霊様!」と、スクルージはかすれた声で言った。
「どうか他の所へ連れて行って下さい」
「どうしたんだね?」と、精霊は不思議そうに聞いた。
「みじめなんです。たまらなくみじめで見ていられません」と、
スクルージは前で腕組みして、寒そうに体をすくめて言った。
「これはただ昔あったものの残像にすぎないと、私からあんたに
言っておいたじゃないか」と、精霊は言った。
「これがあんたの選んだ道だろ。あんたより彼らのほうがみじめ
な生活をしているんじゃないのかい?」
「どこかへ連れて行って下さい!」と、スクルージは叫んだ。
「私にはもう見ていられません!」
スクルージは精霊の方へ振り向いた。そして、精霊の周りに、
それまで彼が出会った、色々な人たちの顔が現れては消えている
ように見えた。
精霊はなにくわぬ顔をして、じっとスクルージを見つめていた。
そして、しばらくにらみ合った。
「そろそろ時間だ。あんたがどんなに後悔したって、過去は変え
られない。だけど、過去からしか学ぶことはできないよ。過去を
良くも悪くもするのはあんた自身なんだよ」と、精霊は言って、
スクルージに近づいた。
「もう説教は沢山だ!」と、スクルージは叫んだ。
その瞬間、精霊の頭の光が高く明るく輝き始めた。その光のま
ぶしさに耐えきれなくなったスクルージは、とっさに精霊の持っ
ていた「多くの者の欲望で出来ている」とされるキャップをつか
んだ。
精霊はそれを取り戻そうとしたのだが、スクルージは自分が襲
われると思い、精霊の頭にキャップを被せた。すると、精霊はそ
の下にヘラヘラと倒れた。そして、精霊はその中に吸い込まれる
ように体がすべて収まってしまった。
スクルージは全身の力をこめてそれを押さえつけていたけれど
も、光はそのまぶしさを失うことはなく、地面に洪水のように流
れ出していた。
「私を連れ戻して下さい。そして、精霊様はどこかへ行って下さ
い! もう二度と私の所へ出ないで下さい!」と、スクルージは
目を閉じて叫び続けた。
ふと気づくと、スクルージは元いた自分の部屋の寝室に戻って
いた。彼は自分の体が疲れ果てていることを意識していた。そし
て、睡魔に抵抗して打ち勝つこともできなかった。彼は、やっと
のことでベッドにたどりつき、同時にぐっすりと寝込んでしまっ
た。
第二章 第一の精霊:その六
第二章 第一の精霊:その六
公園にいた昔のスクルージは前よりも歳をとっていた。彼は中
年の働き盛りの男性になっていたのだ。その彼の顔には、まだ今
のスクルージような、厳しく頑固な面影はなかったが、世の中で
生きてきた気苦労と貪欲な性格の兆しはすでにもう現われかけて
いた。その目には、何か獲物を狙っているような貪欲で、警戒心
の強い輝きがあった。そして、それは彼の心に根を張った欲情を
あらわにしていて、だんだん成長するその木(欲情の木)の影が
やがて落ちそうな場所を示していた。
昔のスクルージは一人ではなく、公園のベンチにドレスを着た
美しい娘が座り、彼はその側に座っていた。
その娘の目には涙があふれていた。その涙は過去のクリスマス
の精霊から発する光の中にきらめいていた。
「それは何でもないことですわ」と、彼女は静かに言った。
「貴方にとっては本当に何でもないことですわ。他の可愛いもの
が私にとって代っただけですもの。これから先、それがもし、私
が貴方のそばにいたら、私がしてあげようとしていたことと同じ
ように、貴方を励ましたり、なぐさめたりしてくれることが出来
れば、私が口をはさむ理由などありませんものね」
「私にどんな可愛いものがお前にとって代ったと言うんだ?」と、
昔のスクルージは問いただした。
「金色のもの」と、彼女はそっけなく応えた。
「それは世の中で生きていくうえで、正当に評価されるものだよ」
と、昔のスクルージは言った。
「貧乏ほど世の中でバカにされることは他にない。それでいて金
を得ようとする者ほど世の中から攻撃されることも他にはないん
だよ」
「貴方はあまりに世の中というものを怖がり過ぎよ」と、彼女は
優しくたしなめた。
「貴方に以前あった希望は、そういう世の中で耐え抜いていこう
とするあまりに、どこかに消え去ったのね。私は、貴方のかけが
えのない希望が打ち砕かれて、とうとう最後に拝金だけが貴方の
心を占領してしまうのをみてきました。そうじゃありませんか?」
「それがどうしたというんだ!」と、昔のスクルージは言い返し
た。
「仮に私が希望を失い、金に支配されたとして、それがどうだと
いうんだ? お前に対しては何も変わらないよ」
彼女は顔を横に振った。
「変っているとでも言うのかい?」と、昔のスクルージは聞いた。
「私達二人の約束はもう古いものです。二人とも貧しくて、それ
で、お互いに我慢して働いて、いつか二人の暮らしが良くなる日
が実現するまではと、それに満足していた時に、その約束は出来
たものです。それが貴方を変えました。その約束をした時は、貴
方は全然別の人でしたもの」と、彼女は応えた。
「私は成長したんだよ」と、昔のスクルージはじれったそうに言っ
た。
「貴方も心のどこかで、以前の貴方でないことは気づいているは
ずですわ」と、彼女は言い返した。
「私は変わらないし、そんな成長はしたくはありません。二人の
心がかよいあっていた時に、貴方は将来の幸福を約束してくれま
した。しかし、心がはなればなれになった今では、不幸が重荷に
なるばかりですわ。私はこれまで何度、またどんなに熱心にこの
ことを考えたか、それはもう言っても仕方のないこと。私はもう
疲れ果てたのです。だからもう私にできることは、貴方との縁を
切ってあげることぐらいです。貴方もそれがお望みでしょ?」
「私がこれまで一度でも、君との別れを求めたことがあるかい?」
と、昔のスクルージは聞いた。
「口ではね。いいえ、それはありませんわ」と、彼女は応えた。
「じゃ、どうして求めたというんだ?」と、昔のスクルージは聞
いた。
「貴方は性格が変わり、気持ちが変わり、生活の雰囲気がまるで
違ってきましたわ。貴方のその大きな目的のために希望まですべ
て変わってしまいました。貴方が感じていた私の愛情や共通の価
値観のすべてが変わったのです。この約束が二人の間にかつてな
かったとしたら」と、彼女は穏やかに、しかしじっくりと昔のス
クルージを見つめながら言った。
「貴方は今、私を探し出して、私の手を求めようとなさいますか?
ああ、そんなこと、絶対ないわ!」
昔のスクルージは、この推測の正しさに自分も納得して、一瞬、
動揺した。しかし、あえてその感情を抑えながら言った。
「お前の考えは間違っているよ」
「私も出来ることなら、そんな風に考えたくはないわ」と、彼女
は言った。
「それはもう神様だけがご存知です! 私が悟った時には、それ
がどんなに強く、そして抵抗できないか、そうに違いないかとい
うことを知ったのです。でも今日にしろ、明日にしろ、また昨日
にしても、貴方が仮りに自由の身になったとして、財産もない家
柄の娘を貴方がお選びになるということが、私に信じられますか?
他の女性と接する時も、貴方は、その人の家柄や財産を気にする
ようになっているのに。それとも、ほんの気まぐれで、貴方がそ
の唯一、支配されている拝金主義に背いて、その娘をお選びになっ
たとして、あとできっと悔やんだり、恥じたりするに違いないの
を、私が分からないとでもおっしゃるのですか? 私にはちゃん
と分かります。だから、貴方との縁を切ってあげます。それはも
う心から喜んで、以前の貴方に対する愛のために」
昔のスクルージは何かを言おうとした。しかし、彼女は彼に顔
をそむけたまま、なおも言葉を続けた。
「貴方にもこれは多少の苦痛かもしれませんね。これまでのこと
を思うと、私は本当にそうあって欲しいような気もします。しか
し、それもほんのわずかの間ですわ。わずかの間がすぎれば、貴
方はすぐにそんな思い出は、価値のない夢として、喜んで捨てて
おしまいになるでしょう。まあ、あんな悪夢から覚めてよかった
というように思って。どうか貴方のお選びになった生活で幸せに
暮して下さい!」
彼女は昔のスクルージの前を去った。こうして、二人は別れて
しまった。
「あんたはそうとう裕福になったみたいだね」と、精霊が言った。
「精霊様!」と、スクルージは言った。
「もう見せないで下さい! 自宅(うち)へ連れ戻して下さい。
そんなに精霊様は私を苦しめるのが面白いのですか?」
「なぜだね。あんたは裕福になって望みが叶ったんだろ。愛なん
てバカバカしいものはない。あんな娘と縁が切れてよかったんじゃ
ないのかね」と、精霊は言い返した。
「彼女は私のもとを去ったんです。こんなみじめな話はありませ
んよ」と、スクルージはうなだれて言った。
「裕福になったあんたに叶えられない望みはないだろう。あの娘
はわがままを言って去っていったんじゃないのか? それとも、
あんたにも叶えられない望みがあるのかい?」
「そりゃあ、いくらだってありますよ。お金はそんなに万能じゃ
ありませんから」と、スクルージは応えた。
「それじゃあ、あんたでも叶えられない娘の望みとやらはなんだっ
たのかね? もう一つ、残像を見せてやろう!」と、精霊は叫ん
だ。
「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。
「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」
しかし、少しも容赦のない精霊は、両腕の中にスクルージをは
がいじめにして、無理矢理に別の時空間に連れて行った。
公園にいた昔のスクルージは前よりも歳をとっていた。彼は中
年の働き盛りの男性になっていたのだ。その彼の顔には、まだ今
のスクルージような、厳しく頑固な面影はなかったが、世の中で
生きてきた気苦労と貪欲な性格の兆しはすでにもう現われかけて
いた。その目には、何か獲物を狙っているような貪欲で、警戒心
の強い輝きがあった。そして、それは彼の心に根を張った欲情を
あらわにしていて、だんだん成長するその木(欲情の木)の影が
やがて落ちそうな場所を示していた。
昔のスクルージは一人ではなく、公園のベンチにドレスを着た
美しい娘が座り、彼はその側に座っていた。
その娘の目には涙があふれていた。その涙は過去のクリスマス
の精霊から発する光の中にきらめいていた。
「それは何でもないことですわ」と、彼女は静かに言った。
「貴方にとっては本当に何でもないことですわ。他の可愛いもの
が私にとって代っただけですもの。これから先、それがもし、私
が貴方のそばにいたら、私がしてあげようとしていたことと同じ
ように、貴方を励ましたり、なぐさめたりしてくれることが出来
れば、私が口をはさむ理由などありませんものね」
「私にどんな可愛いものがお前にとって代ったと言うんだ?」と、
昔のスクルージは問いただした。
「金色のもの」と、彼女はそっけなく応えた。
「それは世の中で生きていくうえで、正当に評価されるものだよ」
と、昔のスクルージは言った。
「貧乏ほど世の中でバカにされることは他にない。それでいて金
を得ようとする者ほど世の中から攻撃されることも他にはないん
だよ」
「貴方はあまりに世の中というものを怖がり過ぎよ」と、彼女は
優しくたしなめた。
「貴方に以前あった希望は、そういう世の中で耐え抜いていこう
とするあまりに、どこかに消え去ったのね。私は、貴方のかけが
えのない希望が打ち砕かれて、とうとう最後に拝金だけが貴方の
心を占領してしまうのをみてきました。そうじゃありませんか?」
「それがどうしたというんだ!」と、昔のスクルージは言い返し
た。
「仮に私が希望を失い、金に支配されたとして、それがどうだと
いうんだ? お前に対しては何も変わらないよ」
彼女は顔を横に振った。
「変っているとでも言うのかい?」と、昔のスクルージは聞いた。
「私達二人の約束はもう古いものです。二人とも貧しくて、それ
で、お互いに我慢して働いて、いつか二人の暮らしが良くなる日
が実現するまではと、それに満足していた時に、その約束は出来
たものです。それが貴方を変えました。その約束をした時は、貴
方は全然別の人でしたもの」と、彼女は応えた。
「私は成長したんだよ」と、昔のスクルージはじれったそうに言っ
た。
「貴方も心のどこかで、以前の貴方でないことは気づいているは
ずですわ」と、彼女は言い返した。
「私は変わらないし、そんな成長はしたくはありません。二人の
心がかよいあっていた時に、貴方は将来の幸福を約束してくれま
した。しかし、心がはなればなれになった今では、不幸が重荷に
なるばかりですわ。私はこれまで何度、またどんなに熱心にこの
ことを考えたか、それはもう言っても仕方のないこと。私はもう
疲れ果てたのです。だからもう私にできることは、貴方との縁を
切ってあげることぐらいです。貴方もそれがお望みでしょ?」
「私がこれまで一度でも、君との別れを求めたことがあるかい?」
と、昔のスクルージは聞いた。
「口ではね。いいえ、それはありませんわ」と、彼女は応えた。
「じゃ、どうして求めたというんだ?」と、昔のスクルージは聞
いた。
「貴方は性格が変わり、気持ちが変わり、生活の雰囲気がまるで
違ってきましたわ。貴方のその大きな目的のために希望まですべ
て変わってしまいました。貴方が感じていた私の愛情や共通の価
値観のすべてが変わったのです。この約束が二人の間にかつてな
かったとしたら」と、彼女は穏やかに、しかしじっくりと昔のス
クルージを見つめながら言った。
「貴方は今、私を探し出して、私の手を求めようとなさいますか?
ああ、そんなこと、絶対ないわ!」
昔のスクルージは、この推測の正しさに自分も納得して、一瞬、
動揺した。しかし、あえてその感情を抑えながら言った。
「お前の考えは間違っているよ」
「私も出来ることなら、そんな風に考えたくはないわ」と、彼女
は言った。
「それはもう神様だけがご存知です! 私が悟った時には、それ
がどんなに強く、そして抵抗できないか、そうに違いないかとい
うことを知ったのです。でも今日にしろ、明日にしろ、また昨日
にしても、貴方が仮りに自由の身になったとして、財産もない家
柄の娘を貴方がお選びになるということが、私に信じられますか?
他の女性と接する時も、貴方は、その人の家柄や財産を気にする
ようになっているのに。それとも、ほんの気まぐれで、貴方がそ
の唯一、支配されている拝金主義に背いて、その娘をお選びになっ
たとして、あとできっと悔やんだり、恥じたりするに違いないの
を、私が分からないとでもおっしゃるのですか? 私にはちゃん
と分かります。だから、貴方との縁を切ってあげます。それはも
う心から喜んで、以前の貴方に対する愛のために」
昔のスクルージは何かを言おうとした。しかし、彼女は彼に顔
をそむけたまま、なおも言葉を続けた。
「貴方にもこれは多少の苦痛かもしれませんね。これまでのこと
を思うと、私は本当にそうあって欲しいような気もします。しか
し、それもほんのわずかの間ですわ。わずかの間がすぎれば、貴
方はすぐにそんな思い出は、価値のない夢として、喜んで捨てて
おしまいになるでしょう。まあ、あんな悪夢から覚めてよかった
というように思って。どうか貴方のお選びになった生活で幸せに
暮して下さい!」
彼女は昔のスクルージの前を去った。こうして、二人は別れて
しまった。
「あんたはそうとう裕福になったみたいだね」と、精霊が言った。
「精霊様!」と、スクルージは言った。
「もう見せないで下さい! 自宅(うち)へ連れ戻して下さい。
そんなに精霊様は私を苦しめるのが面白いのですか?」
「なぜだね。あんたは裕福になって望みが叶ったんだろ。愛なん
てバカバカしいものはない。あんな娘と縁が切れてよかったんじゃ
ないのかね」と、精霊は言い返した。
「彼女は私のもとを去ったんです。こんなみじめな話はありませ
んよ」と、スクルージはうなだれて言った。
「裕福になったあんたに叶えられない望みはないだろう。あの娘
はわがままを言って去っていったんじゃないのか? それとも、
あんたにも叶えられない望みがあるのかい?」
「そりゃあ、いくらだってありますよ。お金はそんなに万能じゃ
ありませんから」と、スクルージは応えた。
「それじゃあ、あんたでも叶えられない娘の望みとやらはなんだっ
たのかね? もう一つ、残像を見せてやろう!」と、精霊は叫ん
だ。
「もう沢山です!」と、スクルージは叫んだ。
「もう沢山です。もう見たくありません。もう見せないで下さい!」
しかし、少しも容赦のない精霊は、両腕の中にスクルージをは
がいじめにして、無理矢理に別の時空間に連れて行った。
第二章 第一の精霊:その五
第二章 第一の精霊:その五
精霊とスクルージが、児童養護園の門を出て来たその瞬間に、
ある都会のにぎやかな大通りに立っていた。
そこには大勢の人影がしきりに行き来していた。また、荷車や
馬車の物影も道を争っているようで、あらゆるリアルな都市の争
いと騒ぎがあった。
店の飾りつけで、ここもまたクリスマスの季節であることは、
あきらかに分っていた。
もう夕方なので、街路には外灯がともっていた。
精霊は、ある商店の出入り口に立ち止まった。そして、スクルー
ジにそれを知っているかと聞いた。
「知っているかですって!」と、スクルージは言った。
「私はここで見習い仕事をしていたことがあるんですよ」
精霊とスクルージは、その商店の中に入って行った。
ウェールズ人特有のウエリッシュウィッグを被ったかっぷくの
いい紳士が、あと二インチほど自分の身長が高かたら、きっと天
井に頭をぶつけただろうと思われるような、高さのある事務机の
向うに座っていた。その姿を一目見ると、スクルージは非常に興
奮して叫んだ。
「まあ、これはフェジウィッグ親方じゃないか! ああ! フェ
ジウィッグさんがよみがえった!」
フェジウィッグ親方はペンを下に置いて、時計を見上げた。
その時計は夜の七時を指していた。
フェジウィッグ親方は両手をこすった。そして、たっぷんたっ
ぷんしたお腹を隠すチョッキをきちんと整えた。彼は靴の先から
頭のてっぺんまで、貫禄のある体を揺さぶって笑った。それから、
気分よく、滑らかなはばのある声で愉快に呼びかけた。
「おい、ほら! エベネーザー! ディック!」
今は立派な青年の体つきになっていたスクルージ青年は、仲間
の見習いと一緒に、てきぱきと入って来た。
「ディック・ウィルキンスです、確に!」と、スクルージは精霊
に向いて言った。
「なるほどそうだ。あそこにいたんだ。彼はいつも私と一緒だっ
た。彼だ! 親愛なる友!」
「おい、息子達よ」と、フェジウィッグ親方は言った。
「今夜はもう仕事なんかおしまいだ。クリスマスだよ、ディック!
クリスマスだよ、エベネーザー! さあシャッターを閉めてくれ」
と、フェジウィッグ親方は両手を一つピシャリと鳴らしながら叫
んだ。
「さっさと店じまいしよう!」
皆さんはこれら二人の青年がどんなふうにそれをこなしたかを
話しても信じないだろう。
二人はシャッターの板を持って店の出入り口へ突進した。
一枚、二枚、三枚と、それらをはめるべき所へはめた。
四枚、五枚、六枚と、それらをはめて釘で止めた。
七枚、八枚、九枚。そして、皆さんが十二まで数える前に、競
馬の馬のように息を切らしながら、店の中へ戻って来た。
「さあ来た!」と、フェジウィッグ親方は驚くほど軽快に、高さ
のある事務机から跳ね降りながら叫んだ。
「ほら片づけた。息子達よ。ここに広々としたスペースを作るん
だよ。さあ来た、ディック! 元気を出せ、エベネーザー!」
片づけろだって!
それはフェジウィッグ親方の指示だから、ありとあらゆる物を
移動させても誰も文句は言えなかった。
まるでサーカス団の団長のようなフェジウィッグ親方の指図で、
それは一分間で出来てしまった。
移動することの出来る物は、ちょうど永久に公的労働から開放
されたように、ことごとく包んで片づけられてしまった。
フロアの床はホウキで掃いて水拭きされた。
ランプは芯を整えられた。
薪は暖炉の上に積み上げられた。
こうして商店は、冬の夜に誰もがこうしたいと望むような、こ
ざっぱりした暖かく、からっとした明るいダンスルームへと変っ
た。
一人のフィドル奏者が、手に楽譜の本を持って入って来た。そ
して、あの高さのある事務机の所へ上って、その前に演奏者を集
めた。
五十人も集った全員が、胃を悪くした患者かのように、ゲエゲ
エという音を立てて楽器の調子を合せ、オーケストラの準備をし
た。
フェジウィッグ親方の夫人らしい、かなり太った愛嬌のある女
性が入って来た。
三人のニコニコした可愛らしいフェジウィッグ親方の娘達が入っ
て来た。その三人に心を悩まされている六人の若者が続いて入っ
て来た。
この商店で働いている若い男性や女性もことごとく入って来た。
下働きをしている女性は、彼女のいとこのパン焼きの職人と一
緒に入って来た。
料理番の女性は、彼女の兄の特別の親友だという牛乳配達をし
ている男性と一緒に入って来た。
道路の向う側から来たという、父親から少しも食べさせてもら
えないらしい少年が、一軒置いて隣の家の下働きをしている女性
の後ろに隠れるようにしながら入って来た。(少年は母親に叱ら
れ耳を引っ張られたということが後で分かった)
一人また一人と、次から次へと皆が入って来た。
中にはきまり悪そうに入って来る者もいれば、威張って入って
来る者もいた。また、すんなりと入って来る者もいれば、不器用
に入って来る者もいた。それから、人を押して入って来る者もい
れば、人の手を引張って入って来る者もいた。
とにかくどうにかこうにかしてことごとく皆、入って来た。
たちまち彼らは二十組に分れてダンスを始めた。
部屋を半分回って、また他の通路から戻って来る。
部屋の真中を降りて行くかと思えばまた上って来る。
仲がよさそうなペアがたたみかけるようにぐるぐる回って行く。
先頭のペアはいつも間違った所でぐるりと曲って行った。
新たに先頭になったペアもそこへ到着すると、再び横へそれて
行った。
最後には先頭のペアばかりになって、彼らを助けるはずの最後
のペアが誰も後に続かないという始末だ。
こんな結果になった時、フェジウィッグ親方はダンスを終了さ
せるように両手を叩きながら、大きな声で「上出来!」と叫んだ。
すると、フィドル奏者は、特別に用意された冷や水のポットの中
へ暑くなった顔を突込んだ。しかし、そのポットから顔を出すと、
休んでなどいられるものかと言わんばかりに、まだダンスを誰も
しようとしていないのに、すぐにまた演奏を始めだした。
ちょうどもう一人のフィドル奏者が疲れ果ててシャッターの板
に乗せられて家へ連れ戻されたので、自分はそのフィドル奏者を
すっかり負かしてしまうか、そうでなければ自分が倒れるまでや
り抜こうと決心しているようだった。まるで生まれ変わった人間
でもあるかのように。
なおもダンスは続いた。また、罰のある遊びもあった。そして、
再びダンスが始まった。その合間にケーキ、ニーガス酒、素晴ら
しいコールドローストの焼肉、素晴らしいコールドボイルの煮物、
ミンチパイ、そして、ビールが沢山出された。しかし、この夜で
一番の注目を集めたのは、焼肉や煮物の出た後で、フィドル奏者
が「サー・ロージャー・ド・カヴァリー」を弾き始めた時に出た
のだ。(このフィドル奏者は気の利いた人なんです。まあお聴き
ください! 皆さんや私なんかが指示するまでもなく、ちゃんと
その場の空気を読んで、自分のやるべきことをすかさずやってし
まうんです!)
その演奏にのってフェッジウィッグ親方は夫人と手をつないで
踊り始めた。しかも、二人にとってはおあつらえむきのそうとう
テクニックのいるダンス曲で、先頭のペアをつとめようというの
だ。
二十三、四組のペアがその後に続いた。
いずれも踊りなれた者たちばかりだった。
ダンスが体にしみついて、歩くなどということは夢にも考えて
いない人達なのだ。しかし、彼らの人数が二倍だったとしても、
四倍だったとしても、フェッジウィッグ親方は立派に彼らに対抗
できただろう。その夫人にしても同様にだ。彼女は、相手の踊り
にぴったりと息を合わせることができたので、親方の相手として
ふさわしかった。これでもまだほめたりないなら、もっとよい言
葉を教えてもらいたいくらいだ。そしたら私はその言葉を使うよ
うにしよう。
フェッジウィッグ親方のふくらはぎからは本当に火花が出るよ
うに思われた。そのふくらはぎは、ダンスをしている間、月のよ
うに光っていた。
どんなに目をこらしていても、次の瞬間にそのふくらはぎがど
うなるか予言することは、誰にも出来なかったにちがいない。
フェッジウィッグ夫婦がダンスのすべてを踊りきった時、進ん
だり退いたり、両方の手を相手にかけたままおじぎをしたり、手
を取り合ってその下をくぐったり、男性の腕の下を女性がくぐっ
たり、そして、再びその位置に戻ったりして、ダンスのすべてを
踊りきった時、フェッジウィッグ親方は飛び上った。彼は足で羽
ばたいたかと思われたほど器用に飛び上った。そして、よろめき
もせずに再び着地した。
時計が十一時を知らせた時、この親友達のダンスパーティは終
了した。
フェッジウィッグ夫婦は出入り口の両側にそれぞれ立ち、身分
のわけへだてなく、男性が出て行けば男性に、女性が出て行けば
女性にというように、一人一人と握手を交して、クリスマスを喜
び合った。
二人の見習いを除いて、すべての人が帰ってしてしまった時、
フェッジウィッグ夫婦は、残った二人にも同じように喜びを分け
与えた。
こうして歓声が消え去ってしまった。そこで、二人の青年は自
分達のベッドに向かった。
ベッドは店の奥のカウンターの下にあった。
この間、スクルージはずっと心を奪われた人のように立ちつく
していた。その彼の心と魂とは、その光景の中に入り込んで、過
去の自分と一体になっていた。
スクルージは、なにもかも体験したとおりだと感じていた。な
にもかも想い出した。なにもかも満喫した。そして、何ともいえ
ない不思議な心の興奮を経験した。
スクルージ青年の姿とディックとの嬉しそうな顔が見えなくなっ
た時、始めて今のスクルージは精霊のことを思い出した。そして、
精霊が、その間ずっと頭上の光を非常に赤々と燃え立たせながら、
じっと自分を見つめているのに気がついた。
「たいしたことじゃないね」と、精霊は言った。
「あんなバカ者どもをあんなにありがたがらせるのは」
「たいしたことじゃないですって!」と、スクルージは聞き返し
た。
精霊は、二人の見習いの話し合いを聞いてみろと手招きして指
示した。
スクルージ青年とディックは、心のそこをうちあけてフェッジ
ウィッグ親方を褒めたたえていた。そして、スクルージ青年がそ
ういう話をした時、精霊は言った。
「だってねぇ! そうじゃないかい。あの男は、お前達人間の金
をほんの数ポンド費やしただけじゃないか。たかだか三ポンドか
四ポンドだろうね。それが、これほど称賛されるだけの金額かい」
「そんなことじゃありませんよ」と、スクルージは、精霊の言葉
に不満をもらした。
今のスクルージではなく、昔の彼がしゃべってでもいるように、
無意識にしゃべり始めた。
「精霊様、そんなことを言っているんじゃありませんよ。あの人
は私達を幸福にもまた不幸にもする力を持っています。私達の仕
事を軽くも、また重荷にも出来ます。楽しみにも、また苦しい仕
事にもする力を持っています。まあ、あの人の力が言葉づかいと
か態度だけだったとしてもです。ようするに、お金のやり繰りに
は値しない、小額の質素なことだったとしても、これだけ私達を
愉快な気分にしてくれるのです。精霊様にはたいしたことじゃな
いように思われるかもしれませんが、だからどうだというのです
か? あの人の与える幸福は、そのために全財産を費やしたほど
尊いものなのですよ」
スクルージは、精霊がちらとこちらを見たような気がして、口
を閉ざした。
「どうしたんだい?」と、精霊は聞いた。
「なに、特に何でもありませんよ」と、スクルージは応えた。
「でも、何かあったように思うけどね」と、精霊はしつこく聞い
た。
「いいえ」と、スクルージは言った。
「いいえ、私の商会の書記に、今、ちょっと一言か二言を言って
やることが出来たらと、そう思ったので、それだけですよ」
スクルージがこの希望を口にした時、昔の彼がランプの芯を引っ
込ませて眠りについた。そして、スクルージと精霊は、また並ん
で外に立っていた。
「私の時間はだんだん残り少なくなる」と、精霊は言った。
「さあ急ぐんだ!」
この言葉はスクルージに話しかけられたのでもなければ、また
外にいる誰かに言われたものでもなかった。しかし、たちまちそ
の効果を生じ、場所を移動した。そこには、別の時代のスクルー
ジの姿があった。
精霊とスクルージが、児童養護園の門を出て来たその瞬間に、
ある都会のにぎやかな大通りに立っていた。
そこには大勢の人影がしきりに行き来していた。また、荷車や
馬車の物影も道を争っているようで、あらゆるリアルな都市の争
いと騒ぎがあった。
店の飾りつけで、ここもまたクリスマスの季節であることは、
あきらかに分っていた。
もう夕方なので、街路には外灯がともっていた。
精霊は、ある商店の出入り口に立ち止まった。そして、スクルー
ジにそれを知っているかと聞いた。
「知っているかですって!」と、スクルージは言った。
「私はここで見習い仕事をしていたことがあるんですよ」
精霊とスクルージは、その商店の中に入って行った。
ウェールズ人特有のウエリッシュウィッグを被ったかっぷくの
いい紳士が、あと二インチほど自分の身長が高かたら、きっと天
井に頭をぶつけただろうと思われるような、高さのある事務机の
向うに座っていた。その姿を一目見ると、スクルージは非常に興
奮して叫んだ。
「まあ、これはフェジウィッグ親方じゃないか! ああ! フェ
ジウィッグさんがよみがえった!」
フェジウィッグ親方はペンを下に置いて、時計を見上げた。
その時計は夜の七時を指していた。
フェジウィッグ親方は両手をこすった。そして、たっぷんたっ
ぷんしたお腹を隠すチョッキをきちんと整えた。彼は靴の先から
頭のてっぺんまで、貫禄のある体を揺さぶって笑った。それから、
気分よく、滑らかなはばのある声で愉快に呼びかけた。
「おい、ほら! エベネーザー! ディック!」
今は立派な青年の体つきになっていたスクルージ青年は、仲間
の見習いと一緒に、てきぱきと入って来た。
「ディック・ウィルキンスです、確に!」と、スクルージは精霊
に向いて言った。
「なるほどそうだ。あそこにいたんだ。彼はいつも私と一緒だっ
た。彼だ! 親愛なる友!」
「おい、息子達よ」と、フェジウィッグ親方は言った。
「今夜はもう仕事なんかおしまいだ。クリスマスだよ、ディック!
クリスマスだよ、エベネーザー! さあシャッターを閉めてくれ」
と、フェジウィッグ親方は両手を一つピシャリと鳴らしながら叫
んだ。
「さっさと店じまいしよう!」
皆さんはこれら二人の青年がどんなふうにそれをこなしたかを
話しても信じないだろう。
二人はシャッターの板を持って店の出入り口へ突進した。
一枚、二枚、三枚と、それらをはめるべき所へはめた。
四枚、五枚、六枚と、それらをはめて釘で止めた。
七枚、八枚、九枚。そして、皆さんが十二まで数える前に、競
馬の馬のように息を切らしながら、店の中へ戻って来た。
「さあ来た!」と、フェジウィッグ親方は驚くほど軽快に、高さ
のある事務机から跳ね降りながら叫んだ。
「ほら片づけた。息子達よ。ここに広々としたスペースを作るん
だよ。さあ来た、ディック! 元気を出せ、エベネーザー!」
片づけろだって!
それはフェジウィッグ親方の指示だから、ありとあらゆる物を
移動させても誰も文句は言えなかった。
まるでサーカス団の団長のようなフェジウィッグ親方の指図で、
それは一分間で出来てしまった。
移動することの出来る物は、ちょうど永久に公的労働から開放
されたように、ことごとく包んで片づけられてしまった。
フロアの床はホウキで掃いて水拭きされた。
ランプは芯を整えられた。
薪は暖炉の上に積み上げられた。
こうして商店は、冬の夜に誰もがこうしたいと望むような、こ
ざっぱりした暖かく、からっとした明るいダンスルームへと変っ
た。
一人のフィドル奏者が、手に楽譜の本を持って入って来た。そ
して、あの高さのある事務机の所へ上って、その前に演奏者を集
めた。
五十人も集った全員が、胃を悪くした患者かのように、ゲエゲ
エという音を立てて楽器の調子を合せ、オーケストラの準備をし
た。
フェジウィッグ親方の夫人らしい、かなり太った愛嬌のある女
性が入って来た。
三人のニコニコした可愛らしいフェジウィッグ親方の娘達が入っ
て来た。その三人に心を悩まされている六人の若者が続いて入っ
て来た。
この商店で働いている若い男性や女性もことごとく入って来た。
下働きをしている女性は、彼女のいとこのパン焼きの職人と一
緒に入って来た。
料理番の女性は、彼女の兄の特別の親友だという牛乳配達をし
ている男性と一緒に入って来た。
道路の向う側から来たという、父親から少しも食べさせてもら
えないらしい少年が、一軒置いて隣の家の下働きをしている女性
の後ろに隠れるようにしながら入って来た。(少年は母親に叱ら
れ耳を引っ張られたということが後で分かった)
一人また一人と、次から次へと皆が入って来た。
中にはきまり悪そうに入って来る者もいれば、威張って入って
来る者もいた。また、すんなりと入って来る者もいれば、不器用
に入って来る者もいた。それから、人を押して入って来る者もい
れば、人の手を引張って入って来る者もいた。
とにかくどうにかこうにかしてことごとく皆、入って来た。
たちまち彼らは二十組に分れてダンスを始めた。
部屋を半分回って、また他の通路から戻って来る。
部屋の真中を降りて行くかと思えばまた上って来る。
仲がよさそうなペアがたたみかけるようにぐるぐる回って行く。
先頭のペアはいつも間違った所でぐるりと曲って行った。
新たに先頭になったペアもそこへ到着すると、再び横へそれて
行った。
最後には先頭のペアばかりになって、彼らを助けるはずの最後
のペアが誰も後に続かないという始末だ。
こんな結果になった時、フェジウィッグ親方はダンスを終了さ
せるように両手を叩きながら、大きな声で「上出来!」と叫んだ。
すると、フィドル奏者は、特別に用意された冷や水のポットの中
へ暑くなった顔を突込んだ。しかし、そのポットから顔を出すと、
休んでなどいられるものかと言わんばかりに、まだダンスを誰も
しようとしていないのに、すぐにまた演奏を始めだした。
ちょうどもう一人のフィドル奏者が疲れ果ててシャッターの板
に乗せられて家へ連れ戻されたので、自分はそのフィドル奏者を
すっかり負かしてしまうか、そうでなければ自分が倒れるまでや
り抜こうと決心しているようだった。まるで生まれ変わった人間
でもあるかのように。
なおもダンスは続いた。また、罰のある遊びもあった。そして、
再びダンスが始まった。その合間にケーキ、ニーガス酒、素晴ら
しいコールドローストの焼肉、素晴らしいコールドボイルの煮物、
ミンチパイ、そして、ビールが沢山出された。しかし、この夜で
一番の注目を集めたのは、焼肉や煮物の出た後で、フィドル奏者
が「サー・ロージャー・ド・カヴァリー」を弾き始めた時に出た
のだ。(このフィドル奏者は気の利いた人なんです。まあお聴き
ください! 皆さんや私なんかが指示するまでもなく、ちゃんと
その場の空気を読んで、自分のやるべきことをすかさずやってし
まうんです!)
その演奏にのってフェッジウィッグ親方は夫人と手をつないで
踊り始めた。しかも、二人にとってはおあつらえむきのそうとう
テクニックのいるダンス曲で、先頭のペアをつとめようというの
だ。
二十三、四組のペアがその後に続いた。
いずれも踊りなれた者たちばかりだった。
ダンスが体にしみついて、歩くなどということは夢にも考えて
いない人達なのだ。しかし、彼らの人数が二倍だったとしても、
四倍だったとしても、フェッジウィッグ親方は立派に彼らに対抗
できただろう。その夫人にしても同様にだ。彼女は、相手の踊り
にぴったりと息を合わせることができたので、親方の相手として
ふさわしかった。これでもまだほめたりないなら、もっとよい言
葉を教えてもらいたいくらいだ。そしたら私はその言葉を使うよ
うにしよう。
フェッジウィッグ親方のふくらはぎからは本当に火花が出るよ
うに思われた。そのふくらはぎは、ダンスをしている間、月のよ
うに光っていた。
どんなに目をこらしていても、次の瞬間にそのふくらはぎがど
うなるか予言することは、誰にも出来なかったにちがいない。
フェッジウィッグ夫婦がダンスのすべてを踊りきった時、進ん
だり退いたり、両方の手を相手にかけたままおじぎをしたり、手
を取り合ってその下をくぐったり、男性の腕の下を女性がくぐっ
たり、そして、再びその位置に戻ったりして、ダンスのすべてを
踊りきった時、フェッジウィッグ親方は飛び上った。彼は足で羽
ばたいたかと思われたほど器用に飛び上った。そして、よろめき
もせずに再び着地した。
時計が十一時を知らせた時、この親友達のダンスパーティは終
了した。
フェッジウィッグ夫婦は出入り口の両側にそれぞれ立ち、身分
のわけへだてなく、男性が出て行けば男性に、女性が出て行けば
女性にというように、一人一人と握手を交して、クリスマスを喜
び合った。
二人の見習いを除いて、すべての人が帰ってしてしまった時、
フェッジウィッグ夫婦は、残った二人にも同じように喜びを分け
与えた。
こうして歓声が消え去ってしまった。そこで、二人の青年は自
分達のベッドに向かった。
ベッドは店の奥のカウンターの下にあった。
この間、スクルージはずっと心を奪われた人のように立ちつく
していた。その彼の心と魂とは、その光景の中に入り込んで、過
去の自分と一体になっていた。
スクルージは、なにもかも体験したとおりだと感じていた。な
にもかも想い出した。なにもかも満喫した。そして、何ともいえ
ない不思議な心の興奮を経験した。
スクルージ青年の姿とディックとの嬉しそうな顔が見えなくなっ
た時、始めて今のスクルージは精霊のことを思い出した。そして、
精霊が、その間ずっと頭上の光を非常に赤々と燃え立たせながら、
じっと自分を見つめているのに気がついた。
「たいしたことじゃないね」と、精霊は言った。
「あんなバカ者どもをあんなにありがたがらせるのは」
「たいしたことじゃないですって!」と、スクルージは聞き返し
た。
精霊は、二人の見習いの話し合いを聞いてみろと手招きして指
示した。
スクルージ青年とディックは、心のそこをうちあけてフェッジ
ウィッグ親方を褒めたたえていた。そして、スクルージ青年がそ
ういう話をした時、精霊は言った。
「だってねぇ! そうじゃないかい。あの男は、お前達人間の金
をほんの数ポンド費やしただけじゃないか。たかだか三ポンドか
四ポンドだろうね。それが、これほど称賛されるだけの金額かい」
「そんなことじゃありませんよ」と、スクルージは、精霊の言葉
に不満をもらした。
今のスクルージではなく、昔の彼がしゃべってでもいるように、
無意識にしゃべり始めた。
「精霊様、そんなことを言っているんじゃありませんよ。あの人
は私達を幸福にもまた不幸にもする力を持っています。私達の仕
事を軽くも、また重荷にも出来ます。楽しみにも、また苦しい仕
事にもする力を持っています。まあ、あの人の力が言葉づかいと
か態度だけだったとしてもです。ようするに、お金のやり繰りに
は値しない、小額の質素なことだったとしても、これだけ私達を
愉快な気分にしてくれるのです。精霊様にはたいしたことじゃな
いように思われるかもしれませんが、だからどうだというのです
か? あの人の与える幸福は、そのために全財産を費やしたほど
尊いものなのですよ」
スクルージは、精霊がちらとこちらを見たような気がして、口
を閉ざした。
「どうしたんだい?」と、精霊は聞いた。
「なに、特に何でもありませんよ」と、スクルージは応えた。
「でも、何かあったように思うけどね」と、精霊はしつこく聞い
た。
「いいえ」と、スクルージは言った。
「いいえ、私の商会の書記に、今、ちょっと一言か二言を言って
やることが出来たらと、そう思ったので、それだけですよ」
スクルージがこの希望を口にした時、昔の彼がランプの芯を引っ
込ませて眠りについた。そして、スクルージと精霊は、また並ん
で外に立っていた。
「私の時間はだんだん残り少なくなる」と、精霊は言った。
「さあ急ぐんだ!」
この言葉はスクルージに話しかけられたのでもなければ、また
外にいる誰かに言われたものでもなかった。しかし、たちまちそ
の効果を生じ、場所を移動した。そこには、別の時代のスクルー
ジの姿があった。
第二章 第一の精霊:その四
第二章 第一の精霊:その四
精霊は、一つの部屋にスクルージを招きいれ、読書に夢中になっ
ている若い頃の彼の姿を指さして見せた。
突然、外国の衣服を身に着けた、見る目には驚くほど立派で目
立つ一人の男性が、ベルトに斧をはさんで、薪を積んだ一頭のロ
バの手綱を取りながら、部屋の窓の外側に現れた。
「何だ、アリ・ババじゃないか!」と、スクルージは我を忘れて
叫んだ。
「正直なアリ・ババのじいさんだよ。そうだ、そうだ、私は覚え
てる! いつかのクリスマスの頃に、あそこにいるあの独りぼっ
ちの子が、たった一人、帰る場所がなく残されていた時、始めて
あのじいさんがちょうどああいう風にしてやって来たんだ。かわ
いそうな子だな! それからあのバレンタインも」と、スクルー
ジは言った。
「それからあの乱暴な弟のオルソンも。あれあれ、あそこへ皆で
行くぞ! 眠っているうちにタイツをはいたまま、ダマスカスの
門前に捨てておかれたのは、なんとかいう名前の男の子だったよ!
貴方にはあれが見えませんか? それから守護神が、上下さかさ
まにして置いた、帝王(サタン)の子分は。ああ、あそこに頭を
下にして置かれている! いい気味だな。私にはそれが嬉しい!
あんなずる賢い奴と、お姫様がなんで結婚しなければならないん
だ!」
スクルージが笑うような泣くような突拍子もない声を出し、こ
んなことで無邪気な自分をすっかりさらけだしている。そうした
彼のいかにも嬉しそうな興奮した顔をロンドンの商売仲間が見聞
きしたら、本当に驚いたことだろう。
「あそこにオウムがいる!」と、スクルージは叫んだ。
「草色の体に黄色い尻尾、頭のてっぺんからレタスのようなもの
をはやしていた。あそこにオウムがいるよ。かわいそうなロビン
ソー・クルーソー。彼が小船で島を一周して帰って来た時、その
オウムは呼びかけた。『かわいそうなロビンソー・クルーソー。
どこへ行って来たの、ロビンソー・クルーソー?』クルーソーは
夢を見ていたのだと思ったが、そうじゃなかった。オウムだった。
ご存知でしょ。あそこにフライデーが行く。小さな入江に向かっ
て、命からがら駆け出して行く、しっかり! おーい! しっか
り!」
それからスクルージは、いつもの性格とはまるで別人のように
急激な気の変りようで、昔の自分をあわれみながら「かわいそう
な子だな!」と、言った。そして、また涙があふれた。
「ああ、ああしてやればよかったな」と、スクルージはガウンの
袖で涙をふいてから、ポケットに手を突込んでどこを見るでもな
くつぶやいた。
「だが、もう遅いな」
「一体どうしたというんだね?」と、精霊が聞いた。
「何でもないんです」と、スクルージは言った。
「何でもないんです。昨日の夜、私の事務所の出入り口で、クリ
スマスキャロルを唄っていた子供がいたんです。何かやればよかっ
たと思ったんですよ。それだけのことです」
精霊は意味ありげに微笑した。そして「さあ、もっと他のクリ
スマスを見ようじゃないか」と、言いながら、その手を振った。
その言葉で一瞬に、昔のスクルージ少年の姿は成長していた。
そして、児童養護園の部屋は少し暗く、そして、とても汚くなっ
ていた。
床板は縮み上がって、窓のそばの壁には亀裂が入っていた。
天井からは漆喰(シックイ)の破片が落ちてきて、そこは下地
の木目が見えていた。しかし、どうしてこういうことになったか
ということは、皆さんには分らないのと同じように、スクルージ
にも分っていなかった。ただそれが、たしかに事実だったという
ことは、彼にも分っていた。
どんなことも、かつてそのとおりに起っていたのだ。
他の子供達が皆、楽しいクリスマスの休日をすごすために家へ
帰って行ったのに、ここでもまたスクルージ少年は一人残ってい
た。
今、スクルージ少年は読書をしていなかった。なぜかがっかり
したように落ち着きがなかった。
スクルージは精霊の方を見た。そして、悲しげに頭を振りなが
ら、心配そうに出入り口の方をじろりと見た。
その出入り口のドアが開いた。それから、スクルージ少年より
もずっと年下の少女が矢のように飛び込んで来た。そして、彼の
首のまわりに両腕を巻きつけて、何度も何度もキスしながら「お
兄ちゃん、お兄ちゃん」と、呼びかけた。
「ねえ、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのお迎いに来たのよ」と、
その小さな手を叩いたり、小首を傾けておじぎをするようにして
笑ったりしながら、その少女は言った。
「一緒に自宅(うち)へ帰るのよ。自宅へ! 自宅へ!」
「自宅へだって? ファン」と、スクルージ少年は聞いた。
「そうよ!」と、その少女は飛び跳ねて言った。
「自宅にいていいのよ。ずっと自宅へよ。お父さんもこれまでよ
りはずっとやさしくしてくれるの。それで、本当にもう自宅は天
国のようよ! この間の夜も、寝ようと思ったら、それはそれは
やさしくお話をしてくれたんだから。私も勇気を出して、もう一
度、お兄ちゃんが自宅へ帰って来てもいいかって聞いてみたのよ。
そしたら、お父さんは、ああ、帰って来させよう、だって。そし
て、お兄ちゃんのお迎いに来るように私を馬車へ乗せてくれたの
よ。だから、お兄ちゃんもいよいよ大人になるのね!」と、少女
は目を大きく見開きながら言った。
「そして、もう二度と、ここへ帰って来ないのよ。でも、その前
に私達はクリスマス中、一緒にいるのね。そうよ、世界中で一番
楽しいクリスマスをするのね」
「お前はもうすっかり大人だね、ファン!」と、スクルージ少年
は叫んだ。
少女は手を叩いて笑った。そして、スクルージ少年の頭に触ろ
うとしたが、あまりに小さかったので、また笑って爪先立ちしな
がら、やっと彼に抱きついた。それから彼女は、いかにも子供ら
しく一生懸命に彼を出入り口の方へ引っ張って行った。
スクルージ少年もウキウキしながら少女といっしょに出て行っ
た。
誰かが出入り口で、声を荒げていた。
「スクルージさんの荷物を運んで来い。そら!」
二人が広間に行くと児童養護園の園長が立っていた。
園長は、今まで見せたことのない恩着せがましい態度でスクルー
ジ少年を迎え入れた。そして、かたい握手をしてきたので、彼は
気味が悪く、寒気がした。
それから園長は、スクルージ少年とその妹とを、まるで古井戸
の底かと思うほど寒々しい客間へ連れて行った。そこには壁に地
図がかけてあり、窓のそばには天体儀と地球儀とが置いてあった。
その両方とも寒さで青白くなっていた。
ここで園長は、妙に軽いワインのデカンタと、妙に重い菓子の
ひとかけらとを持ち出して、スクルージ少年と妹に、それらのご
ちそうを一人分ずつ分け与えた。それと同時に馬車の御者の所へ
も「何か」の一杯を痩せこけた召使に持たせてやった。しかし、
御者は「それはありがとうございます。だけど、この前いただい
たのと同じお酒でしたら、もう結構でございます」と、受け取ら
なかった。
スクルージ少年の荷物はその時にはもう馬車の上にくくりつけ
られていたので、スクルージ少年と妹はただもう心から悦んで園
長に別れを告げた。そして、いそいそと馬車に乗り込んで、菜園
の中の曲がり道を笑い声をまき散らせながら走り去った。
回転の速い車輪は馬車から風をおこし、常緑樹の濃い葉を揺ら
してしぶきを飛ばし、霜だの雪だのをけ散らして行った。
「いつもひ弱な、ひと吹きの風にも枯れてしまいそうな子だった」
と、精霊は言った。
「だが、心は大きな子だよ!」
「そうでした」と、スクルージは肩を落とした。
「そのとおりです。私のただひとりの理解者でした精霊様。かけ
がえのない妹よ!」
「彼女は大人になって死んだ」と、精霊は言った。
「ただ、子供を残したんじゃないかい?」
「そう、一人の子を」と、スクルージは応えた。
「それが」と、精霊は言った。
「お前の甥だ!」
スクルージは顔をくもらせた。そして、そっけなく「そうです」
と、応えた。
精霊は、一つの部屋にスクルージを招きいれ、読書に夢中になっ
ている若い頃の彼の姿を指さして見せた。
突然、外国の衣服を身に着けた、見る目には驚くほど立派で目
立つ一人の男性が、ベルトに斧をはさんで、薪を積んだ一頭のロ
バの手綱を取りながら、部屋の窓の外側に現れた。
「何だ、アリ・ババじゃないか!」と、スクルージは我を忘れて
叫んだ。
「正直なアリ・ババのじいさんだよ。そうだ、そうだ、私は覚え
てる! いつかのクリスマスの頃に、あそこにいるあの独りぼっ
ちの子が、たった一人、帰る場所がなく残されていた時、始めて
あのじいさんがちょうどああいう風にしてやって来たんだ。かわ
いそうな子だな! それからあのバレンタインも」と、スクルー
ジは言った。
「それからあの乱暴な弟のオルソンも。あれあれ、あそこへ皆で
行くぞ! 眠っているうちにタイツをはいたまま、ダマスカスの
門前に捨てておかれたのは、なんとかいう名前の男の子だったよ!
貴方にはあれが見えませんか? それから守護神が、上下さかさ
まにして置いた、帝王(サタン)の子分は。ああ、あそこに頭を
下にして置かれている! いい気味だな。私にはそれが嬉しい!
あんなずる賢い奴と、お姫様がなんで結婚しなければならないん
だ!」
スクルージが笑うような泣くような突拍子もない声を出し、こ
んなことで無邪気な自分をすっかりさらけだしている。そうした
彼のいかにも嬉しそうな興奮した顔をロンドンの商売仲間が見聞
きしたら、本当に驚いたことだろう。
「あそこにオウムがいる!」と、スクルージは叫んだ。
「草色の体に黄色い尻尾、頭のてっぺんからレタスのようなもの
をはやしていた。あそこにオウムがいるよ。かわいそうなロビン
ソー・クルーソー。彼が小船で島を一周して帰って来た時、その
オウムは呼びかけた。『かわいそうなロビンソー・クルーソー。
どこへ行って来たの、ロビンソー・クルーソー?』クルーソーは
夢を見ていたのだと思ったが、そうじゃなかった。オウムだった。
ご存知でしょ。あそこにフライデーが行く。小さな入江に向かっ
て、命からがら駆け出して行く、しっかり! おーい! しっか
り!」
それからスクルージは、いつもの性格とはまるで別人のように
急激な気の変りようで、昔の自分をあわれみながら「かわいそう
な子だな!」と、言った。そして、また涙があふれた。
「ああ、ああしてやればよかったな」と、スクルージはガウンの
袖で涙をふいてから、ポケットに手を突込んでどこを見るでもな
くつぶやいた。
「だが、もう遅いな」
「一体どうしたというんだね?」と、精霊が聞いた。
「何でもないんです」と、スクルージは言った。
「何でもないんです。昨日の夜、私の事務所の出入り口で、クリ
スマスキャロルを唄っていた子供がいたんです。何かやればよかっ
たと思ったんですよ。それだけのことです」
精霊は意味ありげに微笑した。そして「さあ、もっと他のクリ
スマスを見ようじゃないか」と、言いながら、その手を振った。
その言葉で一瞬に、昔のスクルージ少年の姿は成長していた。
そして、児童養護園の部屋は少し暗く、そして、とても汚くなっ
ていた。
床板は縮み上がって、窓のそばの壁には亀裂が入っていた。
天井からは漆喰(シックイ)の破片が落ちてきて、そこは下地
の木目が見えていた。しかし、どうしてこういうことになったか
ということは、皆さんには分らないのと同じように、スクルージ
にも分っていなかった。ただそれが、たしかに事実だったという
ことは、彼にも分っていた。
どんなことも、かつてそのとおりに起っていたのだ。
他の子供達が皆、楽しいクリスマスの休日をすごすために家へ
帰って行ったのに、ここでもまたスクルージ少年は一人残ってい
た。
今、スクルージ少年は読書をしていなかった。なぜかがっかり
したように落ち着きがなかった。
スクルージは精霊の方を見た。そして、悲しげに頭を振りなが
ら、心配そうに出入り口の方をじろりと見た。
その出入り口のドアが開いた。それから、スクルージ少年より
もずっと年下の少女が矢のように飛び込んで来た。そして、彼の
首のまわりに両腕を巻きつけて、何度も何度もキスしながら「お
兄ちゃん、お兄ちゃん」と、呼びかけた。
「ねえ、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんのお迎いに来たのよ」と、
その小さな手を叩いたり、小首を傾けておじぎをするようにして
笑ったりしながら、その少女は言った。
「一緒に自宅(うち)へ帰るのよ。自宅へ! 自宅へ!」
「自宅へだって? ファン」と、スクルージ少年は聞いた。
「そうよ!」と、その少女は飛び跳ねて言った。
「自宅にいていいのよ。ずっと自宅へよ。お父さんもこれまでよ
りはずっとやさしくしてくれるの。それで、本当にもう自宅は天
国のようよ! この間の夜も、寝ようと思ったら、それはそれは
やさしくお話をしてくれたんだから。私も勇気を出して、もう一
度、お兄ちゃんが自宅へ帰って来てもいいかって聞いてみたのよ。
そしたら、お父さんは、ああ、帰って来させよう、だって。そし
て、お兄ちゃんのお迎いに来るように私を馬車へ乗せてくれたの
よ。だから、お兄ちゃんもいよいよ大人になるのね!」と、少女
は目を大きく見開きながら言った。
「そして、もう二度と、ここへ帰って来ないのよ。でも、その前
に私達はクリスマス中、一緒にいるのね。そうよ、世界中で一番
楽しいクリスマスをするのね」
「お前はもうすっかり大人だね、ファン!」と、スクルージ少年
は叫んだ。
少女は手を叩いて笑った。そして、スクルージ少年の頭に触ろ
うとしたが、あまりに小さかったので、また笑って爪先立ちしな
がら、やっと彼に抱きついた。それから彼女は、いかにも子供ら
しく一生懸命に彼を出入り口の方へ引っ張って行った。
スクルージ少年もウキウキしながら少女といっしょに出て行っ
た。
誰かが出入り口で、声を荒げていた。
「スクルージさんの荷物を運んで来い。そら!」
二人が広間に行くと児童養護園の園長が立っていた。
園長は、今まで見せたことのない恩着せがましい態度でスクルー
ジ少年を迎え入れた。そして、かたい握手をしてきたので、彼は
気味が悪く、寒気がした。
それから園長は、スクルージ少年とその妹とを、まるで古井戸
の底かと思うほど寒々しい客間へ連れて行った。そこには壁に地
図がかけてあり、窓のそばには天体儀と地球儀とが置いてあった。
その両方とも寒さで青白くなっていた。
ここで園長は、妙に軽いワインのデカンタと、妙に重い菓子の
ひとかけらとを持ち出して、スクルージ少年と妹に、それらのご
ちそうを一人分ずつ分け与えた。それと同時に馬車の御者の所へ
も「何か」の一杯を痩せこけた召使に持たせてやった。しかし、
御者は「それはありがとうございます。だけど、この前いただい
たのと同じお酒でしたら、もう結構でございます」と、受け取ら
なかった。
スクルージ少年の荷物はその時にはもう馬車の上にくくりつけ
られていたので、スクルージ少年と妹はただもう心から悦んで園
長に別れを告げた。そして、いそいそと馬車に乗り込んで、菜園
の中の曲がり道を笑い声をまき散らせながら走り去った。
回転の速い車輪は馬車から風をおこし、常緑樹の濃い葉を揺ら
してしぶきを飛ばし、霜だの雪だのをけ散らして行った。
「いつもひ弱な、ひと吹きの風にも枯れてしまいそうな子だった」
と、精霊は言った。
「だが、心は大きな子だよ!」
「そうでした」と、スクルージは肩を落とした。
「そのとおりです。私のただひとりの理解者でした精霊様。かけ
がえのない妹よ!」
「彼女は大人になって死んだ」と、精霊は言った。
「ただ、子供を残したんじゃないかい?」
「そう、一人の子を」と、スクルージは応えた。
「それが」と、精霊は言った。
「お前の甥だ!」
スクルージは顔をくもらせた。そして、そっけなく「そうです」
と、応えた。
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